一ノ谷、屋島と敗れた平家はついに戦いの場を壇ノ浦に移した。
それは自軍の水軍に絶対の自信を持っていたからだったが、望美の不安は頂点に達していた。
壇ノ浦こそ、望美たちの世界の平家が滅んだ場所だったからだ。
「沈みゆく船に乗ったことを今頃後悔してるのか?」
「そんなんじゃない! 私は……っ」
「知盛殿、ご冗談を言ってよい場合ではありますまい」
窘める経正に、知盛がふんっと鼻で笑う。
「冗談……? この御座船に源氏をひきつければ……帝にお逃げ頂く隙も作れるというもの」
「確かに帝の安全を第一とするなら、それが上策ですが……」
囮となる御座船に残る事――それは死を覚悟する事だった。
「クッ、心配せずとも俺が……残るさ。帝をお守りするのは面倒……だろう」
「知盛……でも――」
「神子殿には他に策がおありかな?」
「………」
問われ、望美が黙り込む。
海上に追い詰められた今、皆を逃がすにはそれしかもう方法はなかった。
「皆を逃がすには、九郎さんの相手をする必要があるよね」
「さて? 俺の身はひとつ……だからな」
「……私が行くよ。だから知盛はこっちをお願い」
「先輩!?」
「それなら私が行きます。神子殿は帝の護衛をお願いします」
「ううん。私が行く方がいいから」
一度平家を離れた望美を一門の者が信用するはずもなく、大切な帝に寄ることなど不可能だった。
「俺も行きます」
「譲くん……」
「九郎さんが先輩に剣を向けるなら……俺は射れる」
まっすぐに見返す譲に、望美は辛そうに眉を寄せた。
現代から来た譲は、望美同様に剣や弓で人を傷つけたことはなかった。
だがこの世界で、それは否応なしにせざるえなかった。
「……ごめんね」
望美の呟きに、譲は優しく微笑み首を振った。
* *
「望美……やはり平家へ寝返ったか」
「話をするためにここに来たんじゃありませんよね?」
「――そうだな。安徳帝と三種の神器はどこだ」
「答えられません」
九郎の質問に、譲が弓を構えた。
「可愛らしい神子殿に剣を向けるのは気がひけますが……」
「私は……平家の神子。私の望みは平家一門が生き残ること。そのためならあなた達とも戦うよ」
まっすぐに見返す望美に、弁慶は大きく薙刀を振るった。
キンッ、キンッ!
刀で斬り結ぶ音が海上にこだまする。
「お前たちはなぜ源氏に与していた? 謀っていたのか」
「それは弁慶さんが知ってるはずだよ」
望美を源氏に留め置いたのは弁慶の判断。
龍神の神子の存在と、その力を利用しようとの謀故だった。
「お前が源氏の……兄上の邪魔立てをするというのならば容赦はしない」
「私は源氏と戦いたいんじゃない。ただ平家を守りたいだけ」
切り結ぶ中、交わす言葉。九郎とて本心で言えば平家に恨みがあるわけではない。
兄の為……それが九郎の理由だった。
「御座船は囮、安徳帝は小舟で逃亡!」
「なんだと?」
「!!」
「平家を寝返った阿波民部からの情報故、確かかと」
こちらの企てが露呈したことに、望美が焦りを見せた瞬間、九郎は一瞬の隙をついて身を翻す。
「御座船は囮で帝は小舟に乗っている! 総員、安徳帝と三種の神器を回収せよ!」
「行かせない!」
安徳帝の救出に向かおうとした望美は、しかし振り下ろされた薙刀に後退を余儀なくさせられる。
「申し訳ありませんが、追わせるわけにはいきませんよ」
「く……っ」
立ちふさがる弁慶に、望美は九郎の立ち去った方を見つめた。
* *
「あれか!」
望美を振り切り、安徳帝の小舟を追っていた九郎は、不意に感じた悪寒に立ち止まると素早く身構えた。
「小僧如きが帝を捕えようなど分をわきまえぬことよ」
「何者だ!」
「我がわからぬのか? そのようなことも教えられていないとは、哀れな傀儡だのう」
見下すような少年に、しかし九郎はただならぬ気配を感じていた。
「帝に手をだそうなど不届き千万。この私が黄泉へと葬ってやりましょう」
「ひぃい! 怨霊だ~!」
突然現れた惟盛と鉄鼠に、源氏の兵が怯む。
「下がって。俺が相手するよ」
「景時!」
「頼朝の犬が随分と大層な口を利きますね。あなたごときにこの私がやられるとでも?」
侮蔑の笑みを浮かべる惟盛に、景時が素早く呪を唱える。
瞬間、惟盛の動きが封じられた。
「な……っ!」
「俺は軍奉行でもあり……陰陽師でもあるんだ。悪いね、惟盛殿」
言いながら放つ銃が、連れていた怨霊を次々と滅していく。
そうして向けられた銃が惟盛を貫こうとした瞬間、景時の体が弾き飛ばされた。
「景時!」
「ああ……お祖父さま!」
「そなたはほんに弱いのう、維盛。それでも死反の力を手に入れておるのか? 一門の名を汚すでない」
「も、申し訳ありません」
「お祖父さま、だと? まさか…!」
「ふふ、そうよ。我は浄海入道……義朝の小僧如きが我の名を口にするなど許されぬものぞ」
高みから見下すと、清盛はその強大な力を九郎に振るう。
「神子よ。我はそなたの願いを受け入れた。あとは我の望むよう動いても構わぬな?」
確認ではない宣告に、暗雲が立ち込め海が荒れ狂う。
「嵐だー! しっかりと掴まれー! 沈むぞーっ!!」
突然の嵐に逃げ惑う源氏。
しかしそれは平家をも巻き込み、その船を沈めていった。
「やめて、清盛!! 嵐に味方も巻き込まれてる。このままじゃ本当に全滅だよ!」
「我らは不死の一族。死しても甦る!」
「あなたは全ての者を怨霊に変えようというの!?」
「たとえ一門全てが怨霊になろうと、我らは都に戻る。それが我が一門の宿願なのだ!」
清盛の瞳に浮かぶ狂気に、望美は唇を噛むと立ち上がった。
「私は平家一門が生き残る道を求めてる。だからあなたがそれを奪うというなら……私はあなたを封じる」
「我を封るだと? そのようなことさせぬぞ!」
ごおおっと荒れ狂う海に、望美は必死に足を踏ん張り立ち向かう。
しかし、揺れるに体勢がわずかに崩れたところに清盛の攻撃が左肩を貫く。
「……っう……!」
「先輩! 大丈夫ですか?」
「平気。それより清盛を止めないと、このままじゃ全滅しちゃう!」
再度剣を握り直す望美に、その身を庇うように譲が立つ。
「譲くん?」
「俺が盾になります。だからあなたは後ろに」
「私も戦うよ」
「怪我をしてるんですよ!?」
譲が声を荒げた瞬間、黒い影が現れる。
「弁慶さん!」
「今は敵も味方もありません。清盛公を倒すには望美さん、あなたの力が必要ですから」
弁慶の言葉に、望美は唇を噛むと再び剣を構え立つ。
「清盛……私はあなたを封じるよ。『平家の神子』として!」
「小娘に我を滅ぼすなどできぬ!」
再び放たれた光線は、しかし目の前でバチリと音を立てて弾かれた。
「結界……陰陽師か!」
「望美ちゃん、いまだよ」
頷き、剣を薙ぐ。
胴を裂き、そこに九郎・将臣・弁慶と続く。
「こざかしい……! 我は死なぬ! 我は不死の力を得たのだ!」
「いいえ。私はあなたを止める」
滑り落ちそうになる剣を必死に握りしめると、怨霊の本性を現した清盛にその剣を振るう。
「めぐれ、天の声。響け、地の声」
辺りに清浄なる鈴の音が響き渡る。
「かのものを封ぜよ!」
言の葉を言い切ると同時に眩い光が清盛を包み込む。
「愚かな……我が一門を滅ぼすのはそなたぞ……神子……」
苦悶の表情を浮かべた清盛は呪事を呟くと、光の欠片となって消え去った。
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