平家の神子

33、壇ノ浦決戦

一ノ谷、屋島と敗れた平家はついに戦いの場を壇ノ浦に移した。
それは自軍の水軍に絶対の自信を持っていたからだったが、望美の不安は頂点に達していた。 壇ノ浦こそ、望美たちの世界の平家が滅んだ場所だったからだ。

「沈みゆく船に乗ったことを今頃後悔してるのか?」
「そんなんじゃない! 私は……っ」
「知盛殿、ご冗談を言ってよい場合ではありますまい」

窘める経正に、知盛がふんっと鼻で笑う。

「冗談……? この御座船に源氏をひきつければ……帝にお逃げ頂く隙も作れるというもの」
「確かに帝の安全を第一とするなら、それが上策ですが……」

囮となる御座船に残る事――それは死を覚悟する事だった。

「クッ、心配せずとも俺が……残るさ。帝をお守りするのは面倒……だろう」
「知盛……でも――」
「神子殿には他に策がおありかな?」
「………」

問われ、望美が黙り込む。
海上に追い詰められた今、皆を逃がすにはそれしかもう方法はなかった。

「皆を逃がすには、九郎さんの相手をする必要があるよね」
「さて? 俺の身はひとつ……だからな」
「……私が行くよ。だから知盛はこっちをお願い」
「先輩!?」
「それなら私が行きます。神子殿は帝の護衛をお願いします」
「ううん。私が行く方がいいから」

一度平家を離れた望美を一門の者が信用するはずもなく、大切な帝に寄ることなど不可能だった。

「俺も行きます」
「譲くん……」
「九郎さんが先輩に剣を向けるなら……俺は射れる」

まっすぐに見返す譲に、望美は辛そうに眉を寄せた。
現代から来た譲は、望美同様に剣や弓で人を傷つけたことはなかった。
だがこの世界で、それは否応なしにせざるえなかった。

「……ごめんね」

望美の呟きに、譲は優しく微笑み首を振った。

* *

「望美……やはり平家へ寝返ったか」
「話をするためにここに来たんじゃありませんよね?」
「――そうだな。安徳帝と三種の神器はどこだ」
「答えられません」

九郎の質問に、譲が弓を構えた。

「可愛らしい神子殿に剣を向けるのは気がひけますが……」
「私は……平家の神子。私の望みは平家一門が生き残ること。そのためならあなた達とも戦うよ」

まっすぐに見返す望美に、弁慶は大きく薙刀を振るった。
キンッ、キンッ!
刀で斬り結ぶ音が海上にこだまする。

「お前たちはなぜ源氏に与していた? 謀っていたのか」
「それは弁慶さんが知ってるはずだよ」

望美を源氏に留め置いたのは弁慶の判断。
龍神の神子の存在と、その力を利用しようとの謀故だった。

「お前が源氏の……兄上の邪魔立てをするというのならば容赦はしない」
「私は源氏と戦いたいんじゃない。ただ平家を守りたいだけ」

切り結ぶ中、交わす言葉。九郎とて本心で言えば平家に恨みがあるわけではない。
兄の為……それが九郎の理由だった。

「御座船は囮、安徳帝は小舟で逃亡!」
「なんだと?」
「!!」
「平家を寝返った阿波民部からの情報故、確かかと」

こちらの企てが露呈したことに、望美が焦りを見せた瞬間、九郎は一瞬の隙をついて身を翻す。

「御座船は囮で帝は小舟に乗っている! 総員、安徳帝と三種の神器を回収せよ!」
「行かせない!」

安徳帝の救出に向かおうとした望美は、しかし振り下ろされた薙刀に後退を余儀なくさせられる。

「申し訳ありませんが、追わせるわけにはいきませんよ」
「く……っ」

立ちふさがる弁慶に、望美は九郎の立ち去った方を見つめた。

 * *

「あれか!」

望美を振り切り、安徳帝の小舟を追っていた九郎は、不意に感じた悪寒に立ち止まると素早く身構えた。

「小僧如きが帝を捕えようなど分をわきまえぬことよ」
「何者だ!」
「我がわからぬのか? そのようなことも教えられていないとは、哀れな傀儡だのう」

見下すような少年に、しかし九郎はただならぬ気配を感じていた。

「帝に手をだそうなど不届き千万。この私が黄泉へと葬ってやりましょう」
「ひぃい! 怨霊だ~!」

突然現れた惟盛と鉄鼠に、源氏の兵が怯む。

「下がって。俺が相手するよ」
「景時!」
「頼朝の犬が随分と大層な口を利きますね。あなたごときにこの私がやられるとでも?」

侮蔑の笑みを浮かべる惟盛に、景時が素早く呪を唱える。
瞬間、惟盛の動きが封じられた。

「な……っ!」
「俺は軍奉行でもあり……陰陽師でもあるんだ。悪いね、惟盛殿」

言いながら放つ銃が、連れていた怨霊を次々と滅していく。
そうして向けられた銃が惟盛を貫こうとした瞬間、景時の体が弾き飛ばされた。

「景時!」
「ああ……お祖父さま!」
「そなたはほんに弱いのう、維盛。それでも死反の力を手に入れておるのか? 一門の名を汚すでない」
「も、申し訳ありません」
「お祖父さま、だと? まさか…!」
「ふふ、そうよ。我は浄海入道……義朝の小僧如きが我の名を口にするなど許されぬものぞ」

高みから見下すと、清盛はその強大な力を九郎に振るう。

「神子よ。我はそなたの願いを受け入れた。あとは我の望むよう動いても構わぬな?」

確認ではない宣告に、暗雲が立ち込め海が荒れ狂う。

「嵐だー! しっかりと掴まれー! 沈むぞーっ!!」

突然の嵐に逃げ惑う源氏。
しかしそれは平家をも巻き込み、その船を沈めていった。

「やめて、清盛!! 嵐に味方も巻き込まれてる。このままじゃ本当に全滅だよ!」
「我らは不死の一族。死しても甦る!」
「あなたは全ての者を怨霊に変えようというの!?」
「たとえ一門全てが怨霊になろうと、我らは都に戻る。それが我が一門の宿願なのだ!」

清盛の瞳に浮かぶ狂気に、望美は唇を噛むと立ち上がった。

「私は平家一門が生き残る道を求めてる。だからあなたがそれを奪うというなら……私はあなたを封じる」
「我を封るだと? そのようなことさせぬぞ!」

ごおおっと荒れ狂う海に、望美は必死に足を踏ん張り立ち向かう。 しかし、揺れるに体勢がわずかに崩れたところに清盛の攻撃が左肩を貫く。

「……っう……!」
「先輩! 大丈夫ですか?」
「平気。それより清盛を止めないと、このままじゃ全滅しちゃう!」

再度剣を握り直す望美に、その身を庇うように譲が立つ。

「譲くん?」
「俺が盾になります。だからあなたは後ろに」
「私も戦うよ」
「怪我をしてるんですよ!?」

譲が声を荒げた瞬間、黒い影が現れる。

「弁慶さん!」
「今は敵も味方もありません。清盛公を倒すには望美さん、あなたの力が必要ですから」

弁慶の言葉に、望美は唇を噛むと再び剣を構え立つ。

「清盛……私はあなたを封じるよ。『平家の神子』として!」
「小娘に我を滅ぼすなどできぬ!」

再び放たれた光線は、しかし目の前でバチリと音を立てて弾かれた。

「結界……陰陽師か!」
「望美ちゃん、いまだよ」

頷き、剣を薙ぐ。
胴を裂き、そこに九郎・将臣・弁慶と続く。

「こざかしい……! 我は死なぬ! 我は不死の力を得たのだ!」
「いいえ。私はあなたを止める」

滑り落ちそうになる剣を必死に握りしめると、怨霊の本性を現した清盛にその剣を振るう。

「めぐれ、天の声。響け、地の声」

辺りに清浄なる鈴の音が響き渡る。

「かのものを封ぜよ!」

言の葉を言い切ると同時に眩い光が清盛を包み込む。

「愚かな……我が一門を滅ぼすのはそなたぞ……神子……」

苦悶の表情を浮かべた清盛は呪事を呟くと、光の欠片となって消え去った。

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