平家の神子

34、時空を超えて

平家一門が生き残ることを望んだ望美。
平家一門が残ることを望んだ清盛。
どちらも平家存続を願いながらも、合間見えることは出来なかった。
清盛が光の欠片となって完全に消えていくのを、望美は痛みと共に見送った。

「先輩、危ないっ!」

譲の声と共に覆いかぶさった広い胸。
その胸が真っ赤に染まっていく。

「譲、く……」

急速に血の気を失っていく幼馴染に、望美は信じられない思いでその後ろを見た。
そこにいるのは、銃口を向けた景時。

「景時!? 何をする!」
「九郎。これは頼朝様の命なんだよ」
「兄上の!?」

感情を失した冷徹な表情の景時に、弁慶がすっと目を細めた。

「……禍根は断つ、というわけですか」
「く……っ」

頼朝の考えは当然といえた。
だが、一時は仲間として行動を共にしていた譲の死に、九郎の顔が切なげに歪む。
目の前が赤く染まる。
皮膚に感じる熱さ。
火が射かけられたのだと、気づいた時には船は炎に包まれていた。

「…………だ……」

赤い。
全てが赤い。

「………………っ!!!!!!」

声に出来ない絶叫が喉を震わせる。

「神子っ!」

耳元の声に、望美は呆然と顔をあげた。

「はく……りゅ……う?」

それは源氏を抜けてから会っていなかった、自分を神子にと選んだ龍だった。

「神子は死なせない。私はあなたの龍。あなたは私の神子だから」

微笑むと、喉元に手を伸ばす。
そこにあるのは、龍の命の源である鱗。

「白龍……? ……っ! だめっ!!」

その意図に気づき、制止の声を上げる望美の目の前で、白龍が己の喉から逆鱗を剥ぐ。
そうして震える望美の手に握らせると、白龍は柔らかく微笑んだ。

「生きて……神子」

瞬間、世界が真白になる。
炎も。
源氏も。
全てが目の前から消え失せた。


……。
…………。
――――…………。
雨音が、耳をつく。
ぼんやりと音の方へ視線をやる。
視界に映るのは打ちつける雨。
そこはあの始まりの時――雨の学校だった。

「……っ……どう…………っ」

喉が、震える。
胸の奥底から湧き上がる感情があまりにも大きすぎて、声は音にならずに喉を震わす。
眼前に広がった紅の色。なのに掌を染めていた大切な人の流した血は、何もなかったかのように消えうせていた。 そう―――全てが夢であるかのように。

「…………じゃ……い」

心の奥底から沸きあがる。

「夢なんかじゃない……っ! 将臣くんは……譲くんは……平家は……っ!!!」

庇い、倒れた幼馴染の重さ。
熱く燃えた船。
生々しく脳裏に映し出されるそれら全てが、現実に起こったことだった。

「私だけ……戻ってきて……っ」

自分のために己の命を投げ出した龍によって、望美だけがただ一人逃れ、生き残ったのだ。

「……………っ!!!!!!」

行き場のない怒りが、嘆きが、絶望が溢れ出す。
壊れてしまったかのように泣き叫び、拳を何度も地に打ちつける。
だが叩きつける激しい雨が、それらの音を全てかき消した。

どれぐらい泣いただろう。
叫んだだろうか?
全ての気力が失せ、抜け殻のようになった望美は、ふと掌で光り輝くものに気がついた。
ぼんやりと開くと、そこには白い鱗が一枚。

「これ……は………白龍の……逆鱗?」

炎に包まれ、死が間近に迫った瞬間、命の源である逆鱗を望美に託し、消えた白龍。
と、昔交わした言葉を思い出す。

『……神子、時空を越えるなら、方法、あるよ。私のこの、喉の逆鱗。龍の鱗は時空を越える力があるから、逆鱗を使えば、神子は時空を飛べる』
「白龍の逆鱗……これがあれば時空を越えられる?」

問うような呟きに、手の中の鱗は淡く輝き同意を示す。

「私は……時空を超えられるなら」

救いたい、あの人を。
守りたい、愛する人たちを。

「もう一度あの世界に行こう。―――大切な人を助けるために」

強い決意を胸に瞳を閉じると、望美は白い光に身を委ねた。
全てが始まったあの福原へ―――。

神子は翔ける……遙かなる時空へ。
神子は求む……切なる願いを。
強き思いと願いを持って、今、望美は遙かなる時空へと駆け出した。

【1周目終了】

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