平家の神子

27、三草山の戦い

「不穏な動きを見せれば切る。――いいな」

言葉に潜む敵意は、望美を平家のものと警戒して。
望んで源氏に属したわけではなく、かといって離脱することも叶わない望美は、三草山へ同行させられていた。

「しかし暗いな……」

夜襲するのだから当然とはいえ、辺りの暗さに将臣が眉をひそめる。
と、弁慶が兵に指示を出した。

「火を放て」
「えっ!?」

たちどころに広がっていく炎。

「……これは……三草山の義経の奇襲か」
「なに? どういうこと?」
「源氏が攻めてくるのは翌朝だと平家は思っているんです。その裏をかいて、周辺の民家や草に火を放って、周囲を昼間のように明るくして攻め込んだんですよ」

自分達の世界の歴史を思い出しながら説明する譲に、九郎が先陣を切って駆け出す。
慌てふためく平家に、容赦なく斬りかかる源氏。
その光景を前に、望美は立ち尽くす。

「何をぼうっとしている!」

九郎の怒声に、はっと意識を目の前に戻す。
彼に斬られた平家の武士が、望美を映し、顔を歪めた。

「裏切り……もの……」
「………!!」

絶命した平家の武士に、望美は呆然と立ち尽くす。
浴びせられた言葉は、容赦なくその身を突き刺した。

* *

三草山は源氏の完全勝利だった。
夜襲を想定していなかった平家は浮き足立ち、源氏に為すすべもなく退却していった。
重苦しい思いで馬瀬の陣へと戻ろうとしていた望美は、途中の三草川付近で不意に立ち止まった。

「敦盛、さん?」

そこにいたのは、意識を失っている敦盛。
源氏軍にやられたのか、怪我を負っていた。

「早く手当てをしなきゃ。でも、どうすれば……」

迷っていると、後ろから草を踏み分ける音が聞こえた。

「先輩、どうしたんですか?」
「譲くんだったんだ。よかった。……この人を、源氏の軍に連れて行きたいの」
「ええっ!? 本気ですか?」
「うん、このままにしておけないよ。お願い、譲くん。手伝って」

懇願すると、譲は深くため息をはいて頷いた。

「わかりました。俺がなんとかします。急いでください」
「ありがとう」

譲に手伝ってもらい、密かに源氏の軍へと運びこんで看護するが、発熱した敦盛の容体は悪くなる一方だった。

「どうしよう……熱が下がらない。傷が熱を持ってるんだ」
「弁慶さんから痛み止めをもらってきました。布地も貰ってきたから、これで包帯を作れます」
「ありがとう」
「本当は専門家に診せた方がいいんでしょうが……」
「おい、ちょっといいか? ……? そいつはいったいなんだ?」
「戦場近くで倒れていたところを、俺が保護しました。今、応急処置をしてるところです」
「そいつは誰だ、と聞いてるんだ」

望美を庇うように前に出た譲に、九郎が厳しく詰問する。

「この身なり。里の住人とは思えない。こいつは、平家の将じゃないのか? ――調べてみる必要があるな。こちらに引き渡してもらうぞ」
「引き渡して、どうするつもりなんですか?」
「敵将ならば、処断する必要がある。こいつも武門の者なら、戦で敗れた時の覚悟は出来ているはずだ」
「ならばお断りします」
「何っ!?」
「彼は八葉です。八葉は先輩を守る力になる。あなたに処断されては、困るんです」

治療している時に敦盛の掌の宝玉に気づいた譲は、『神子と八葉』を武器に九郎に食い下がった。

「おやおや、ずいぶん賑やかですね」
「弁慶」

険悪な空気が漂う場に現れた弁慶は、ちらりと敦盛に視線をやると、睨み合う九郎と譲の間に入って、その場を収めるべく口を開く。

「ここで言い争っていても仕方ありませんよ。とりあえず、怪我人が目を覚ますまで待ちませんか?」
「……相変わらず人を丸めこむのがうまいな」
「人徳と言って下さい」

にこりと微笑む弁慶に、九郎は眉をしかめると、足音荒く立ち去った。
敦盛の容体を診た弁慶は硬い表情を浮かべる。

「今晩が峠かもしれませんね。もっとも……九郎があの様子では……」
「そんな……」
「先輩、俺は少し失礼します」
「どこに行くの?」
「うまくいくかはわからないので……。先輩はこの人をみていてもらえますか」

言葉を濁しどこかへと出かけた譲に、薬師でもある弁慶も忙しそうに他の怪我人の手当てをすべく去っていく。
一人取り残された望美は、敦盛の額に滲む汗を拭いながら、ぎゅっとその手を握り締めた。

「まさか敦盛さんも八葉だったなんて……」

掌に感じる、宝玉の固い感触。
それは八葉の証であった。

「――う……ん」
「あっ、気がつきましたか?」
「……? あなたは!」
「……こんなところで会えるとは思わなかった。敦盛さんは先程の戦に出ていたんですか?」

望美の質問に、敦盛の顔が曇る。
望美が知る中で敦盛が戦に出たことはなかった。

「敦盛さんも八葉だったんですね」
「そんなはずはない。あなたの思い違いだ。八葉は龍神の神子に仕える、神気を持った存在だ。私には関わりない」
「でも、これ、龍の宝玉ですよね?」

看病している間、ずっと握っていた掌を見つめると、敦盛の顔に驚きが浮かび上がった。

「見えるのか? あなたには、私のこの……手に宿った石が」
「はい。見えますよ」
「つい先頃、突然この石は現れた。一門の誰にも見えず、また私にしかこの石は現れなかった」
「将臣くんも八葉なんですよ」
「将臣殿も……!?」

驚く敦盛に、これまでのことを話聞かせる。

「そうか……今、あなたは源氏に身を置いているのだな」
「…………」
「それなら早く討ち取るといい。源氏にとって私はよい敵だと思う」
「そんなこと出来ません! 私は、源氏の味方をしたいわけじゃないんです」

今の姿を見れば裏切り者としか見えないだろうが、これは望んだ居場所じゃない。
そう伝えると黙り込んだ敦盛は、少し眠りたいと目を閉じた。

* *

「よ、敦盛」
「将臣殿」
「大丈夫か? もっとゆっくり歩けば、隙を見て逃してやることも出来るぜ」
「そんなことをしては、あなた方が危険に。それに、ここに長居したくないんです。ここにいると……」

敦盛が言い終えぬ前に、ざわりと辺りの空気が変わった。

「ギャグアアア!」
「平家が、撤退の折に回収しきれなかったはぐれ怨霊でしょう」
「やはり……来てしまったか」

ざわめく源氏軍の中、敦盛は眉をひそめると、すっと前に進み出た。

「私が、あれと戦う」
「何言っているんだ。そんな身体じゃ無理だ! ――クッ! こっちに来たか!!」

敦盛を止める譲達の前に、怨霊が立ちふさがる。
怨霊武者三体に、獣の怨霊が二体。
それらが、一斉に襲いかかってきた。
譲と景時の援護を受けながら、怨霊武者は将臣と九郎・弁慶が、むささびを朔と望美が撃退する。

「めぐれ、天の声! 響け、地の声! かのものを封ぜよ!」

朔と手を合わせると、望美は気を静めて怨霊を封印した。

「…………っ!」

驚く敦盛に、静かに微笑む。
平家にいた頃には思うように操れなかった封印の力。
対だという朔の補助で、それを自在に扱えるようになっていた。

「――神子、頼みがある。あなたの戦いに、私も加えてもらえないだろうか」
「私達と一緒に、怨霊と戦うってことですか?」
「ああ」
「で、でも、そうしたら……」
「頼む」

頑なな敦盛に、望美が困ったように将臣を見る。

「八葉は神子の意に従うものなんだろ? いいんじゃないか?」
「私が……そう呼ばれるのに足るとは思えない。だが、怨霊は存在自体が辛く悲しいものだ……私は全ての怨霊を浄化し、安らぎを与えたい。……たとえ一門に背くことになっても」
「平家を見限り、我々に与するということか」
「ああ」
「九郎、それならいいんじゃないかな。もともと平氏で源氏の軍に加わってる人なんて、沢山いるでしょ」
「そうですね。それに……彼が本当に我々に与するというなら、我々にとっても意味はあるはずですよ」
「…………」

元平氏であった景時に言われては反論する事も出来ず、容認する弁慶に九郎は口をつぐむと、固い表情で敦盛を見た。

「源氏に加わるという意志、間違いないな」
「――ああ」
「そうか。ならば――我々の陣に加わることを認めよう」
「感謝する」

軍の責任者である九郎の許可が下り、敦盛は源氏と行動を共にすることを許された。

「敦盛は天の玄武だよ。よかったね、神子」

図らずも集まっていく神子を守る八葉たちに、望美は複雑に微笑んだ。

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