「兄上はいないみたいね」
「だけど神子……何かいるよ」
「怨霊が……いるんだね」
朔に聞いた通り、怨霊の気配を察した白龍に、望美が顔を曇らせた。
(これも平家の放った怨霊なの? だったら放っておくわけにはいかない)
脳裏に蘇る、怨霊に傷つけられた経正の姿。
剣を構えようとした瞬間、突然突き飛ばされ、望美がよろめく。
「先輩! 怨霊――なのか! 先輩、前に出ないで! こっちへ!」
譲に手を引かれ、急ぎその場を離れる。
しかし、またもや見えない何かに突き飛ばされ譲が焦る。
「白龍ノ――神子……!」
「えっ?」
「だめだ、危ない! 伏せてっ!!」
抱き寄せ、身を挺して庇う譲に、望美は慌てて彼を見上げた。
「譲くん!」
「……っ! ――大丈夫です。このくらい……」
「譲くん! 放して! 狙われてるのは私なんだよ!」
「放して逃げろって言うんですか。だけど……俺は……」
「くっ……どこにいやがるんだ、敵は! 一体どこから……」
辺りに気をやりながらも見つけられない怨霊に、将臣が舌打つ。
そうしている間にも怨霊は攻撃し続け、望美を庇う譲が傷ついていく。
「譲くんっ! だめだよ……このままじゃだめだ」
――誰にも傷ついてほしくないのに!!
絶体絶命の危機に、望美が悲鳴を上げた瞬間、リズヴァーンの声が聞こえた。
「恐れてはいけない、お前の剣は、お前の未来を拓くためのもの――風を感じ、心を風に寄り添わせれば、花を受け、つかまえられる。風はお前の中にあり、星はお前の上にあり、地はお前の下にある」
朧に映るリズヴァーンの姿に、望美は呆然と彼を見つめた。
「風を感じ……心を寄り添わせれば……花を受け……つかまえられる?」
「花? この桜の花びらのことですか? そういえば奇妙だ。桜の木なんてどこにもないのに」
「……そう……だね。へんだよ、この桜――怨霊は……この桜吹雪なの? この花びらの中に怨霊がいる。そうだとするなら」
脳裏に蘇る、九郎とリズヴァーンの花断ち。
「九郎さんが見せた『花断ち』さえ使うことが出来れば……この花吹雪を、怨霊を断てるかもしれない」
脳裏によみがえるリズヴァーンの言葉。
「風は私の中にあり、星は私の上にあり、地は私の下にある。風の流れを……私を取り巻くものを感じて……」
すうっと気を落ち着けると、流れるように剣を振るう。
「ギャアアアアァ!」
「そこだね!」
悲鳴を上げた怨霊に、望美は剣を構え向き直った。
現れたのは、桜の木と同化した女の怨霊。
「嘆き……想い叶わず自ら命を絶った哀れな女性なのね……」
黒龍の神子の力で嘆きを聞き取った朔は、悲しげに瞳を伏せる。
元は人だった、目の前の怨霊。
しかし、いまやその心は魔性のものと化していた。
「いくぜ!」
大刀を構えた将臣に、弁慶・白龍が加わる。
まずは将臣が切りかかるが、怨霊に大したダメージは与えられず。
「木属性ですか……少々手こずりそうですね」
将臣は同属性、弁慶は土属性と、目の前の怨霊・桜花精とは相性が悪かった。
そこに、白龍が炎を放つ。
「神子、譲と弁慶の力をあわせて。八葉の力が高まるよ」
「え? どういうこと?」
「神子は今、五行の流れを感じたよ。だから二人にそれを分け与える事が出来る」
白龍の要領を得ない説明に、けれども問いただしている余裕もなく、先程花断ちを使った時のように意識を集中させる。
風のように流れる力を感じていると、それらが譲と弁慶へと流れ込んでいった。
「金剛撃!」
かけ声と共に放たれた強力な技が、桜花精に襲いかかる。
「ギャアアアアァ!」
「効いてるようだな!」
隙を逃さず、すかさず将臣が斬りこむ。
弓矢で援護する譲に、弁慶が回復を施す。
「大分弱ったぜ!」
「朔!」
将臣の声に、望美が朔を振り返った。
「めぐれ、天の声。響け、地の声。かのものを封ぜよ!」
神子二人の声が重なり、眩い光が怨霊を包み込む。
ものすごい絶叫と共に、桜花精は光の欠片となって消えていった。
「すごいよ、神子! 怨霊、いなくなったよ!」
「さすがですね」
「今のは……九郎さんと同じ技みたいでしたが、先輩、使えるようになっていたんですか?」
「ううん。夢中だったからよくわからないんだ。――って、それよりも譲くんこそ大丈夫だったの? ずっと庇ってくれて……ひどいケガとかしてない?」
「平気ですよ。それにどうやら回復したみたいですし」
駆け寄り心配する望美に、譲が微笑む。
弁慶が回復の術をかけてくれたとはいえ、怪我を負った譲が気がかりで、景時の姿も見えないことから望美は早々に長岡天満宮を後にした。
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