平家の神子

25、長岡天満宮の怨霊

「兄上はいないみたいね」
「だけど神子……何かいるよ」
「怨霊が……いるんだね」

朔に聞いた通り、怨霊の気配を察した白龍に、望美が顔を曇らせた。

(これも平家の放った怨霊なの? だったら放っておくわけにはいかない)

脳裏に蘇る、怨霊に傷つけられた経正の姿。
剣を構えようとした瞬間、突然突き飛ばされ、望美がよろめく。

「先輩! 怨霊――なのか! 先輩、前に出ないで! こっちへ!」

譲に手を引かれ、急ぎその場を離れる。
しかし、またもや見えない何かに突き飛ばされ譲が焦る。

「白龍ノ――神子……!」
「えっ?」
「だめだ、危ない! 伏せてっ!!」

抱き寄せ、身を挺して庇う譲に、望美は慌てて彼を見上げた。

「譲くん!」
「……っ! ――大丈夫です。このくらい……」
「譲くん! 放して! 狙われてるのは私なんだよ!」
「放して逃げろって言うんですか。だけど……俺は……」
「くっ……どこにいやがるんだ、敵は! 一体どこから……」

辺りに気をやりながらも見つけられない怨霊に、将臣が舌打つ。
そうしている間にも怨霊は攻撃し続け、望美を庇う譲が傷ついていく。

「譲くんっ! だめだよ……このままじゃだめだ」

――誰にも傷ついてほしくないのに!!
絶体絶命の危機に、望美が悲鳴を上げた瞬間、リズヴァーンの声が聞こえた。

「恐れてはいけない、お前の剣は、お前の未来を拓くためのもの――風を感じ、心を風に寄り添わせれば、花を受け、つかまえられる。風はお前の中にあり、星はお前の上にあり、地はお前の下にある」

朧に映るリズヴァーンの姿に、望美は呆然と彼を見つめた。

「風を感じ……心を寄り添わせれば……花を受け……つかまえられる?」
「花? この桜の花びらのことですか? そういえば奇妙だ。桜の木なんてどこにもないのに」
「……そう……だね。へんだよ、この桜――怨霊は……この桜吹雪なの? この花びらの中に怨霊がいる。そうだとするなら」

脳裏に蘇る、九郎とリズヴァーンの花断ち。

「九郎さんが見せた『花断ち』さえ使うことが出来れば……この花吹雪を、怨霊を断てるかもしれない」

脳裏によみがえるリズヴァーンの言葉。

「風は私の中にあり、星は私の上にあり、地は私の下にある。風の流れを……私を取り巻くものを感じて……」

すうっと気を落ち着けると、流れるように剣を振るう。

「ギャアアアアァ!」
「そこだね!」

悲鳴を上げた怨霊に、望美は剣を構え向き直った。
現れたのは、桜の木と同化した女の怨霊。

「嘆き……想い叶わず自ら命を絶った哀れな女性なのね……」

黒龍の神子の力で嘆きを聞き取った朔は、悲しげに瞳を伏せる。
元は人だった、目の前の怨霊。
しかし、いまやその心は魔性のものと化していた。

「いくぜ!」

大刀を構えた将臣に、弁慶・白龍が加わる。
まずは将臣が切りかかるが、怨霊に大したダメージは与えられず。

「木属性ですか……少々手こずりそうですね」

将臣は同属性、弁慶は土属性と、目の前の怨霊・桜花精とは相性が悪かった。
そこに、白龍が炎を放つ。

「神子、譲と弁慶の力をあわせて。八葉の力が高まるよ」
「え? どういうこと?」
「神子は今、五行の流れを感じたよ。だから二人にそれを分け与える事が出来る」

白龍の要領を得ない説明に、けれども問いただしている余裕もなく、先程花断ちを使った時のように意識を集中させる。
風のように流れる力を感じていると、それらが譲と弁慶へと流れ込んでいった。

「金剛撃!」

かけ声と共に放たれた強力な技が、桜花精に襲いかかる。

「ギャアアアアァ!」
「効いてるようだな!」

隙を逃さず、すかさず将臣が斬りこむ。
弓矢で援護する譲に、弁慶が回復を施す。

「大分弱ったぜ!」
「朔!」

将臣の声に、望美が朔を振り返った。

「めぐれ、天の声。響け、地の声。かのものを封ぜよ!」

神子二人の声が重なり、眩い光が怨霊を包み込む。
ものすごい絶叫と共に、桜花精は光の欠片となって消えていった。

「すごいよ、神子! 怨霊、いなくなったよ!」
「さすがですね」
「今のは……九郎さんと同じ技みたいでしたが、先輩、使えるようになっていたんですか?」
「ううん。夢中だったからよくわからないんだ。――って、それよりも譲くんこそ大丈夫だったの? ずっと庇ってくれて……ひどいケガとかしてない?」
「平気ですよ。それにどうやら回復したみたいですし」

駆け寄り心配する望美に、譲が微笑む。
弁慶が回復の術をかけてくれたとはいえ、怪我を負った譲が気がかりで、景時の姿も見えないことから望美は早々に長岡天満宮を後にした。

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