平家の神子

24、花断ち

同行するならそれなりの腕前を見せろと、九郎から求められたのが花断ちの習得。
静かで花もあると、神泉苑で練習することになった望美は、ひらりと舞う花びらを懸命に断とうとするが、余計な力が入りすぎるのか、剣が巻き起こす風によって花びらはひらりはらりと舞い、九郎のように断てずにいた。

「そういえば前にもこんなことがあったかも……」

それはこの世界に来てまだ間もない頃。
護身にと習い始めた剣の稽古をしている時、『彼』は現れた。

『風を感じ、心を風に寄り添わせれば、葉を受け掴まえられる。風を……葉を、お前を包み繋がる万象を感じるのだ。風はお前の中にあり、星はお前の上にあり、地はお前の下にある』

謎めいたリズヴァーンの言葉。
あれからずっと、その意味を考えていたが、いまだに理解できずにいた。

「風は私の中にあり、星は私の上にあり……」
「そうだ」

あの時の言葉を思い出し呟いた瞬間、同意が返ってきた。
そうして驚く望美の前に、あの時と同じくいきなり男が降りたつ。

「あなたは……!」
「お前は風であり、星であり――空だ」

淡々と告げるリズヴァーンの頬に光る宝玉。

「それ! もしかしてあなたも?」
「私は八葉だ、神子」

すでに五人、宝玉を宿した八葉を見ていた望美は、リズヴァーンの頬に輝く宝玉を呆然と見つめた。 そんな望美の前で、リズヴァーンは剣を構えると、以前見せたように流れるように花を断つ。

「綺麗……これが花断ち……」
「お前なら出来る。己を信じなさい」
「自分を信じる……あなたは私を信じていてくれるんですか?」
「無論。お前はただ信じたいものを信じ、行いたいことを行いなさい。それがお前の道を拓く」

優しく微笑み、以前と同じ言葉をリズヴァーンは繰り返す。

「お前は光だ。そして……私はお前の影だ」
「影……?」
「影に目を落とすな。前を、拓くべき道を、未来を見つめるのだ。そのための力を……剣をお前は持っている」

背を向けた瞬間消えたリズヴァーンに、望美は慌ててその姿を探す。
しかし前回同様、その姿は忽然と消えて、もう望美の前に現れることはなかった。

* *

「金の髪、青い瞳……それは鬼とも天狗とも呼ばれる異形の者です。京の人間とは異なる種族、不思議な力を持つ魔性だとも言われますね」

弁慶の説明に、以前出逢った時にリズヴァーン自身が鬼や天狗と呼ばれることもあると、そう言っていたことを思い出す。

「中でも花断ちをふるう異形の者……思い当たるのは一人。彼は名乗りませんでしたか?」
「リズヴァーンって……弁慶さん、知ってるんですか?」
「やっぱり。なら、九郎の剣の師匠ですよ。僕はよく知りませんが、九郎は大変尊敬していますね。九郎に花断ちを教えたのも、彼だと聞いています」
「九郎さんの先生……」
(それなら私にも花断ちを教えてくれるかな?)
「弁慶さん、あの人はどこに行けば会えるんですか?」
「鞍馬山へ行けば、会えると思いますよ。彼は鞍馬山の天狗と呼ばれていますから」
「それなら会いに行ってきます。あの人も八葉だから」
「――リズヴァーンさんが? 本当に八葉なんですか? 意外だな……」

驚いている弁慶に、どうしてそんなに驚くのかと彼を見る。

「ああ、悪い意味ではないんです。あの人の力があれば、戦いは有利になりますし。……わかりました。では、鞍馬山に行きましょう。人前にはほとんど姿を見せないと聞きますが……白龍の神子なら会えるかもしれません」

亰の地理に疎いことから同行を断ることも出来ず、訪問は明日ということで話がまとまると皆がばらけていった。
翌日、鞍馬山を歩きながらリズヴァーンの姿を探す。

「九郎殿の師の庵って、いったいどこにあるのかしら?」
「僕も庵を訪ねたことはないんです。九郎から話を聞いたことがあるだけで……鞍馬山のどこかにあるはずなんですけれど。天狗というぐらいだから、きっと人里離れたところに住んでいるんでしょうね」
「ここよりももっと山の中ですか?」
「鞍馬の山は、貴船神社に通じる山道が通っているんです。九郎はその辺りで修行したと言っていましたから」
「庵に行くのも、結構大変なんですね」
「先輩、どうしますか?」
「ここまで来たんだもの、行ってみようよ」

同行にはまだ迷いがあるものの、拒絶も不可となれば課題はこなさなければならなかった。

「待って! 神子っ!!」

何気なしに歩いていくと、白龍が慌てて叫んだ。
瞬間、見えない壁に突き当たる。

「痛た……何、これ……」
「堅い、ガラスのようなものがあるみたいですね」

コンと叩いて探ると、譲が眼鏡を直しながら呟いた。

「指紋がつくわけでもないし、物質があるようには見えませんが」
「これは……結界ですね。呪法で行く先を塞いでいるんです。面倒そうな結界ですね。さすがは天狗の住処といったところでしょうか。僕じゃ解くのは無理かな。陰陽師じゃないと……そうだ、景時なら解けると思いますよ」
「兄上ですか?」
「ええ。どこに行ったかご存知ありませんか?」
「それがわからないんです。いつとは言えませんが、邸には戻ると思いますが……」

朔の言葉に、肩を落としてその日は引き上げることになった。

 * *

「ごめんなさい、望美。兄上はまだ帰っていないようだわ。京に怨霊が沢山現れたから、調伏しに行ってるのね。どこに行っているのか、わかればよいのだけれど」
「怨霊ってそんなに沢山現れてるんだね」
「ええ……西の長岡天満宮も、それで騒ぎになっているらしいわ」
「長岡天満宮……」

そんなにも平家の放った怨霊が被害をもたらしているのかと、望美の顔が曇る。

「望美、私は部屋に戻るけれど……」
「私は剣の練習をするよ」
「でも望美。京に来てから毎日練習しているでしょう? 少しは休んだ方がいいんじゃないかしら」
「大丈夫大丈夫。前から鍛錬はしていたし、九郎さんのお師匠さんに会った時に、あんまり弱いと恥ずかしいから」
「わかったわ。食事の支度が出来たら呼びに来るわね」
「うん、ありがとう」

朔に笑顔を返すと、望美は剣を抜き構えた。

「――気になるなら、見に行ってあげたらどうですか?」
「くだらないことを言うな。何で俺が……」

邸の中から隠れるように望美の様子を見ていた九郎は、弁慶の提案に眉を潜める。

「どうしてあいつを同行させようとしている?」
「言ったでしょう? 怨霊を鎮める黒龍の神子と、封じる白龍の神子――二人の力は平家の怨霊に有効だと」

九郎の言外の問いを、弁慶は微笑み誤魔化す。

「あいつは源氏に……兄上に仇名す平家の者。邪魔立てするなら、俺は容赦しない」

厳しい口調で望美を見つめる九郎に、弁慶も冷ややかな笑みを浮かべる。
彼女が平家に身を置き、『平家の神子』と呼ばれていたことを弁慶は知っていた。
そして、望美と将臣が共に平家を出たということも。

「とにかく剣は遊びじゃない。一月や二月で習得できるはずがないだろう。どうせ、いずれ飽きるさ」

そう言いつつも一生懸命剣を振るう望美から目を離さない九郎に、弁慶は苦笑しつつその場から離れた。

「――もう、諦めたらどうだ」
「わっ! な、何?」
「剣はちょっとやそっとで身につくようなものじゃない。お前に出来るわけがないんだ。諦めろ」
「突然諦めろって言われても困るよ」
「なぜだ?」
「……必要だからです」

脳裏に浮かぶ、今は遠く離れた大切な人達。
守りたいと思えば力が必要になる。
それを知っているから、同行のための条件だとしても無意味ではないのだ。

「お前なら『花断ち』、極めるかもしれないな」
「えっ?」
「別に……なんでもない! 適当なところで切り上げろよ!」

頬を赤らめ、慌てた様子で去っていく九郎に、望美は首を傾げるともう一度剣を握った。

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