朔の邸にお世話になりながらずっと、望美は悩んでいた。
平家を大切に思う気持ちがある。けれどもずっと、怨霊を生み出す清盛をそのまま見ていていいのか悩んでいた。
怨霊を生み出す平家と、それを封じることのできる白龍の神子。
相反する存在ゆえの悩みでもあった。
「神子……苦しいの?」
「白龍……」
「私が神子に選んだから……神子は苦しいの?」
「ううん……白龍のせいじゃないよ」
悩むのは望美が決断できないからだ。
「望美さんは怨霊を封じて白龍の力を取り戻したいのでしょう?」
「……ッ、弁慶さん」
部屋の入り口に立つ弁慶に、望美が警戒する。
彼が源氏に属するものだとわかった以上、気を許せるものではなかった。
「君が悩むのは平家に思いがあるからですか?」
「…………」
「だとしても、君はその平家を出てきたのでしょう?」
そう。結果的に言えば、望美は自身を守るために平家を出たのだった。
「怨霊を封じながら平家を守る……そのどちらも叶える方法はありますよ」
「え?」
予想外の言葉に顔をあげれば、綺麗な微笑が目に入る。
「源氏が平家と戦うのは、三種の神器を取り戻せという院宣があるからです。だから平家が三種の神器を返せば、源氏が平家を追討する理由がなくなります」
「三種の神器……」
「三種の神器を返しさえすれば、あとはどこへ逃げようと追われることはなくなります。もっとも、覇権から清盛殿が手を引くことができればの話ですが」
「…………」
怨霊となって甦った清盛が望むのは、平家一門による政の掌握。
到底受け入れるとは思えなかった。
「清盛殿を説得するのも封印するのも、出来るのは君だけでしょう。どうしますか?」
促される決断に、心は惑い揺れる。
「君は君の龍を見捨てるのですか?」
「…………!!」
痛いところをつく弁慶の言葉に、ぎゅっと唇をかむ。
自分を神子に選んだ龍の金の瞳が、望美を追い詰めていく。
「もっとも、君にはもう選択権はありませんけどね」
「……え?」
弁慶の呟きに重なるように慌ただしい足音がして、やってきたのは宇治川であった九郎。
「おい、弁慶。本気か? 平家にかかわりあるものを軍に引き入れるなど……、お前は……っ」
「ちょうどよかった。ええ、その通りです。こちらの望美さんが源氏の軍と行動を共にする許可を」
「何を言っている。冗談はよせ」
「九郎、人の話を最後まで聞かないのは悪い癖ですよ」
弁慶のたしなめる口調に、九郎はぐっと言葉を飲むとわかったと先を促す。
「源氏にとっても悪い話ではないはずですよ。これから平家の怨霊と戦う上で、神子の力は必ず必要になります」
「龍神の神子の力がどれほどのものか知らんが……どんな理由があっても、戦えない女や子供を戦場に出すわけにはいかない」
「朔を連れて行ったじゃないですか」
「あれは……っ、兄上の命で仕方なくだ」
思わず言い返せば、九郎は顔をしかめてそむけた。
「私は源氏に同行するつもりは……」
「望美さん」
遮るように呼ばれた名に見上げれば、綺麗すぎる微笑。
「君に選択権はありません。断れば命の保証はないでしょう」
「………ッ」
「おい」
「平家のものをこのまま見逃すことなどありえないでしょう? ですが、源氏に下るというのなら話は別です。君の持つ力は稀有なるもの。鎌倉殿も反対することはありませんよ」
笑顔の脅迫に、譲がいるとはいえ安易にここにきてしまったことを悔やむ。
「そんなに悲観しないでください。君をむげに扱うつもりはありません。先程の話もウソではありませんよ」
怨霊を封じながら平家を守る……そのどちらも叶えることは、源氏にいても出来ないことではなかった。
遠からず平家と対峙することは必ずあるのだから。
苦悩している望美に、弁慶は歩み寄るとそっと耳元で囁いた。
「よろしくお願いしますね。白龍の神子――いえ、『源氏の神子』」
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