平家の神子

21、龍神

弁慶と共にひとまず京を目指していた将臣と望美は、宇治川で怨霊に襲われている人影を見つけた。

「将臣くんっ、あれっ!」
「怨霊に襲われてるらしいな。いくぞっ!」

望美の声に短く応えると、背負っていた大ぶりの刀を抜いて二人の元へと駆けていく。
当然のように、それに習う望美。

「大丈夫!?」

怨霊の剣を弾いて二人を見ると、そこにいたのは三年前、生田神社で出逢った朔と、学校で見た不思議な少年だった。

「あなたは……!」
「……望美……?」
「やっぱり……! 朔、だよね?」

思わぬ再会に驚く二人に、怨霊を倒しながら将臣が声をかけた。

「おいおい、ほのぼのしている場合じゃねーだろ?」
「あっ、ごめん。すぐ封印するね。朔、力を貸してくれる?」
「ええ、もちろんよ」

望美に微笑み返すと、朔はその手を取り共に呪文を斉唱した。

「めぐれ、天の声。響け、地の声。かのものを封ぜよ!」

二人の声が重なり合うと、怨霊はあの時のように光に包まれ消え去る。
完全に辺りに怨霊がいなくなったことを確認すると、望美は改めて朔に向き直った。

「朔! 会えて良かった!! 私たち、朔に会いに行こうとしてたんだよ!」
「私も嬉しいわ。もう一度あなたに会いたいと思っていたの」
「一度しか会ったことないのに私のこと、覚えていてくれてたんだね」
「もちろんよ。だってあなたは、私の対だもの」

朔の言葉に、望美が驚き瞳を瞬く。

「対?」
「朔殿は君の対なる存在・黒龍に選ばれた神子なんですよ」

朔の言葉を引き継いだ弁慶に、朔は目を丸くした。

「弁慶殿。この子らと一緒だったんですか?」
「ええ。偶然お会いしましてね」
「偶然、ね」

弁慶の返答に、将臣が意味ありげに彼を見る。

「朔殿はどうしてここに?」
「鎌倉殿は黒龍の神子でも怨霊を鎮められると私に命じられたけど……怨霊の声が響くばかりで……動けなくなって……気がついたら一人で……」
「では、橋姫神社に向かいましょう。そこで景時とも合流できるはずです」

優しく微笑むと、傍らで眉を寄せて考え込んでいる望美に、声をかける。

「どうしました? 望美さん」
「えっと……朔は黒龍の神子なんですか?」
「ええ。朔殿が黒龍の神子ならば、君は白龍の神子……ですね」
「…………」
「あなたが執り行った封印は、白龍の神子に授けられた稀なる力よ。弁慶殿、この子は間違いなく白龍の神子です」

断言する朔に、望美は戸惑いを消しきれない。
平家にいた頃も『龍神の神子』と言われ敬われていたが、そもそも神子とはどのようなものなのかが望美には分からなかった。 しかも、朔と行った封印の力も不安定で、今までほとんど発現することが出来なかったのだから。

「あなたは私の神子だよ」

それまで黙ったままだった少年の、突然の呟き。

「え?」
「私の……って」

望美と朔が驚き見つめると、少年は頷きふわりと微笑んだ。

「神子は私の神子。時空があなたを選んだ。時空の狭間に響く鈴の音をあなたが聞いたから、神子は神子に決まったよ」
「鈴の音って……あの時の?」

渡り廊下で、不意に聞こえた不思議な鈴の音。
望美がさらに問おうとした瞬間、将臣と弁慶が小さく呻いた。

「ん……? 手の甲が熱い……?」
「……っ……なんだ?」

弁慶は右手の甲を、将臣は左耳を押さえ顔をしかめる。

「大丈夫? 将臣くん、弁慶さん」
「ああ。……あ? なんだこりゃ?」
「……そうか。この石の意味は……」

耳に手をやり違和感を感じた将臣に、弁慶は己の手の甲を見て考え込んだ。

「それはあなたたちの宝玉だよ。八葉の力が宿る。神子を守るための力が」
「宝玉? 八葉? なんだよ、それ」
「将臣は巽の卦・天の青龍、弁慶は坤の卦・地の朱雀」
「あ~あ~ちょっと待て。巽とか青龍とか、なんだそりゃ?」
「青龍、朱雀は京を守る神の名ですね。もう二体は玄武と白虎、四体で四神と呼ばれています」
「四神には天・地、万物に陰陽があるのと同じ。力は二つに別れ安定するよ」
「四神が二人ずつに加護を与えているのね」
「うん」

少年の説明に弁慶と朔は納得したようだが、将臣と望美はまったくわからなかった。

「八葉ってことは……他にも仲間がいるってことか?」
「そうでしょうね。言葉の通り、宝玉を身に受けたものが八人いるはずなんです」
「四神の加護を受けた二人一組で、天地ってわけか。あんた、ずいぶん詳しいんだな?」
「昔、龍神について調べたことがあるんです」

将臣の疑問に、弁慶が微笑みながら話を続ける。

「そして八葉にはそれぞれ特徴があるそうです。だから卦をみれば役割もわかる」
「将臣殿の巽の卦は、風。柔軟な適応力をさすの」
「当たってるよ!」
「そうか?」
「弁慶殿の坤の卦は、大地。品行方正で裏で支える力……弁慶殿にぴったりだと思うわ」
「ありがとうございます」

品の良い微笑みに、確かに当たってるかも……と、望美がこっそり覗き見た。

「龍神と神子、そして神子を守る八葉……か」
「とりあえず先に進みましょう。朔殿を陣までお連れしなくてはね」
「すみません、弁慶殿」
「いえ。あなたに何かあっては、景時に会わせる顔がありません」
「景時……さん?」
「私の兄なの。望美にもぜひ会ってもらいたいわ」

朔に促され、望美は困ったように将臣を仰ぐ。
弁慶とは京までの同行のはずが、朔との思いがけない出会いで、思わぬ方向へ話が進みつつあった。

「そういえば、朔殿の邸におられる…譲殿、と言いましたか?彼はお元気ですか?」
「ええ。とても手先が器用な方で、家事などを手伝ってくださるので助かっています」
「待て。譲……って言ったか?」
「ええ。譲殿をご存知なの?」

行方不明になっていた将臣の弟・譲。
思いがけない場所にいたことに、将臣と望美は驚きを隠せなかった。
そんな望美達の様子を、弁慶は微笑みの下でじっと探っていた。

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