平家の神子

18、変調

脇息にもたれながら、望美が大きくため息をつく。
続く不調。
始めは過酷な体験からくる疲れだと思っていたのだが、鍛錬以外は極力身体を休めても一向に回復しない身体に戸惑っていた。

「神子、いいだろうか?」
「あ、はい。どうぞ」

戸の向こうからかけられた控えめな声に、望美は居住まいを正すと部屋へ招き入れた。
おずおずと経正と共に入ってきた敦盛が、持っていた小ぶりな籠をそっと差し出す。

「体調が優れないと聞いたので、これを……」
「あ、柿ですね。ありがとうございます」

以前も将臣を通じて敦盛からみかんをもらったことのある望美は、にこりと微笑み礼を述べた。

「……まだお顔の色が優れませんね」
「う、ん。なんか日増しにだるさが酷くなってきて」

顔を曇らせた望美に、経正は表情を固くした。

「――それは穢れに当てられたせいかもしれません」
「穢れ?」

思わぬ言葉に、望美は驚き経正を見た。

「白龍とは応龍の半身・陽の化身です。その白龍に選ばれたあなたも、陽の気を持つのでしょう。そんなあなたの気を、この屋敷に漂う穢れ――陰の気が蝕むのだと思います」
「……そんな……」

確かに望美の体調が優れなくなったのは、清盛が怨霊を生み出すようになってから。
その事実に、望美はもちろん敦盛も顔を青ざめ言葉を失った。

「――なるべく私たちも神子殿の部屋には近づかないように致します。神子殿も私たち……特に伯父上には近づかないよう、お気をつけください。敦盛、お前も分かったね?」
「……はい」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

頭をたれて部屋を出て行こうとする二人を、望美は慌てて呼び止めた。

「本当にそれが原因かなんてわからないじゃないですか」
「原因を探るためにも必要なんです」

やんわりとした口調ながらも頑として引かない経正に、言い返すことが出来ず。
一礼すると、経正と敦盛は部屋を出て行った。
確かに二人と会った時、望美は眩暈を感じていた。
それは体調が優れないせいだと、そう思っていた。
けれど――。

「将臣くんや重衝さんは大丈夫だった」

気づかされた現実。
特に将臣といる時は、今までと変わらぬぐらい体調が良かったのだ。
いまや怨霊が跋扈する清盛の邸。
彼らが発する陰の気――それが不調の原因なのだとしたら。

「私……ここにはいられなくなっちゃうよ……」

望美の瞳がゆらゆらと揺れる。
たとえ怨霊だとしても、彼らを大切に思う気持ちは変わらなかった。
なのに、神子という立場が彼らと望美を隔てたのである。
知らず身についていた、白龍の神子に与えられるという浄化の力。
それが望美が白龍に選ばれた神子であるという、確かな証であり、そのことを裏づけるように穢れはその身を蝕んでいった。

その日から、経正や敦盛は望美の前に姿を現すことはなくなった。
そして、経正の勧めで将臣や重衝などが、なるべく望美を邸の外に連れ出すようになった。
今日も将臣と共に外へ出ていた望美は、深いため息をつく。

「ま~たため息ついてんのかよ」
「だって……」

俯く望美に、将臣ががしがしと頭を撫でる。

「もう経正さんや敦盛さんと会えないのかな……」
「体調はどうなんだ?」

彼らとの接触を断ち、清浄な場所へと行くようにしてから、望美の体調は回復してきていた。
だがそれは、経正の言うことが正しかったことに他ならず、望美の胸中は複雑だった。

「私、平家の神子失格だよね……」

平家を守るはずの神子が、怨霊の陰気に当てられ体調を崩すなど、本末転倒だった。

「穢れの方は経正も何か方法を探しているようだし、しばらくは休養と思えばいいんじゃないか? あんまり考え込むなよ」

ぽんぽんと宥められ、小さく頷いた。

「でも、なんか将臣くんに触れられてると気持ちいいって言うか、落ち着くんだよね~」

どうしてだろ? と小首を傾げる望美に、深々とため息をつく。

「……お前、それ他の奴らには言うなよ?」
「どうして?」

幼い頃から全く変わらない、相変わらずの鈍さに将臣は頭痛を覚えた。
家が隣同士で、幼い頃からずっと共にいた望美と将臣。
そうして一緒に時を重ねていくうちに、いつしか幼馴染とは違う感情が生まれていた。
なのに、一向に態度の変わることのない望美に、将臣はずっと歯痒い想いをしていた。

「――なあ。もしも、元の世界に戻れたら俺と……」

言いかけて、しかしその先の言葉を飲み込んだ。

「元の世界に戻れたらなに?」
「いや……なんでもない」
「なに、それ」

頬を膨らませる望美に、将臣は曖昧に笑って誤魔化す。
不確定な未来、思い切れない恋情。
それらが、今ここで想いを告げることを躊躇わせていた。

「いつか……必ず言うから。その時は聞いてくれるか?」
「? うん、わかった」

訝しがりながらも頷く望美に、将臣はもう一度恋情を胸の奥にしまった。

→次話を読む

Index menu