どうすればいいのか、分からなかった。
生前とはまるで変わってしまった惟盛の残酷さ。
それは死者を蘇らせるという、理を崩したゆえの歪みだった。
そして敦盛の兄である経正。
彼も惟盛同様、本来ならばこの世に在らざるべき存在だった。
それでも、その想いは生前と変わらず、人を気遣える『人』そのもの。
そんな人を、怨霊だからと浄化してしまっていいの?
救いなのだと、私は浄化しなければならないの?
――ドンッ!
俯き、駆けていた望美は、不意に現れた人物にぶつかり、身体が傾いだ。
しかし、彼女がそのまま床に倒れることはなかった。
「大丈夫ですか?」
「重衝……さん」
身体を支える力強い腕に、呆然と見上げた望美は、慌てて涙を拳で拭った。
そんな望美の手をやんわりと止めると、重衝がそっと残りの涙を袖で拭う。
「よそにのみ あはれとぞ見し 梅の花 あかぬ色かは 折りてなりけり」
(意味:美しい人だとは思っていたが、傍近くに行って、どれほど自分があなたへ心惹かれているかを知ったのです)
突然の和歌に、驚く望美の唇に重なるぬくもり。
「どうかそのような憂いた顔をなさらないでください。こうしてあなたを抱きしめずにはいられなくなってしまいます」
「か、からかわないでください!」
「私はからかってなどおりませんよ、神子様。私の胸の内は、誰よりも神子様がご存知でしょう?」
囁きと共に再び降りてきた唇に、しかし望美は顔を背け拒絶した。
「――乾きましたね」
重衝の呟きに、望美は彼を見上げた。
「麗しい神子様に、憂い顔など似合いませんよ。どうぞ笑ってください」
「重衝さん? ……もしかして……わざと……?」
さっきまでの艶を含んだ空気は払拭され、慈しみの眼差しを向ける重衝に、望美は彼の意図を悟った。
わざと望美が混乱するような振る舞いをし、ほんの一時でも迷いから気をそらせたのだ、と。
「あなたに心沿わせたい…そう願うのは誠の心ですよ」
「……ありがとう」
やり方はともかく、重衝が自分を気遣ってくれているのだとわかり、望美は素直に頭を下げた。
「……でも、こういうことはもうしないで下さいね」
「それはお約束しかねます」
唇に手をやり、恥ずかしそうに抗議すると、即座の拒否に望美が驚く。
「重衝さん!?」
「あなたが可愛らしいのがいけないのですよ?」
やんわりと、しかしながらきっぱりの拒否に、ファーストキスを奪われた望美は、困ったように眉を下げた。
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