平家の神子

15、襲撃

それは突然のことだった。
熊野水軍を率いた赤髪の男と、黒い衣をかぶった法師が平家もとい清盛を襲撃したのである。 熊野三山を収めるという別当と、比叡で学んだという法師は、清盛が怨霊として甦っていることを知っているようだった。 しかし彼らの力をもってしても清盛を倒すことはできず、赤髪の男は足を負傷し、敗走を余儀なくされた。
喧騒の中で一瞬重なり合った棒色の瞳。
その瞳を、なぜか望美は忘れられなかった。

* *

はぁ~と深いため息を吐くと、脇息にもたれかかる。
最近体調が優れず、身体を動かすことも億劫になっていた。

「疲れてるのかな?」

元気がとりえだった自分の変化に、また一つため息がこぼれる。

「幸せが逃げるぞ?」
「将臣くん」

ひょこりと顔を覗かせた将臣が、望美の傍で胡坐をかく。

「冴えない顔してんな?」
「ん~……なんか身体がだるくて」
「なんだ? 風邪か? ……熱はないみたいだな」
「大丈夫。たぶん疲れてるだけだと思う」
「そっか。でも無理すんなよ?」
「うん」

軽く頭を撫でて離れていった将臣の手に、望美は微笑み頷いた。

「将臣くん、最近ずっとそれ着てるね」

将臣が着ているのは、赤い陣羽織。
白を基調としている源氏と異なり、赤に蝶の紋が入ったそれは、還内府と呼ばれ始めた将臣に、息子として清盛が与えたものだった。

「この前のような襲撃がいつあるかわからねえからな」

首に手をやり笑う将臣に、望美が顔を曇らせる。
激化した源平の戦は、倶利伽羅峠での平家の敗戦で、源氏を勢いづかせていた。

* *

――しゃらん。
望美は聞き覚えのある鈴の音で目を覚ました。

「今の音……!」

それはこの世界に来るきっかけになった鈴の音。
鈴の音は誘うように脳裏に響き、望美は飛び起きると急ぎ身支度を整え、外へと飛び出した。

「……今、外へ向かわれたのは神子ではないだろうか?」
「なんだって……っ!?」

外へ視線を送る敦盛に、将臣が驚き視線を追う。

「おい、追いかけるぞ! 手伝ってくれ!」
「なっ、お待ちください!」

急いで追いかける将臣に、敦盛も慌ててその後に続いた。

「鈴の音……聞こえなくなった?」

耳を澄まして確認すると、望美はきょろきょろと辺りを見渡す。

「やっぱり譲くんはいないか……」

落胆にため息をついたその時、剣戟の音が耳に届く。
ついで響く、おぞましい雄たけび。

「怨霊!? 誰かが襲われているんだ!」

事態を把握すると、望美は反射的に駆け出した。

「――おい、斬っても斬ってもきりがないぞ!」
「なんとか隙を作って逃れる以外ありませんね。このままでは、僕たちの体力が先に尽きてしまいます。……あるいは、例の女性が現れるかと思いましたが」
「そうそう都合よくはいかないさ。――だが、俺たちは、こんなところでやられるわけにはいかん!」

九郎は剣を構えると、怨霊に向かって切り込んだ。
しかし斬られた怨霊は一時的に動きを止めるだけで、すぐに二人に向かって襲いかかる。

「く……っ!」
「危ないっ!!」

鞘から慣れた手つきで剣を抜くと、望美は怨霊の背に切りかかった。

「……君は!?」

驚く弁慶に、望美は油断なく怨霊に目を走らせる。

「くっ、次から次へと!」
「話は後です! やあああっ!」

どこか懐かしさを感じる剣さばきに、九郎はキッと眼前の怨霊を睨みつけた。

「言われるまでもない!はああっ!」

望美に負けじと、剣を振りおろす九郎。
そんな二人の傍らで、弁慶は薙刀を振るいながら、突然目の前に現れた望美をじっと探るように見つめていた。

(不可思議な装束……怨霊を封じたという女性は、もしかして……)

弁慶の視線に、しかし望美は気づかず、自分の中に満ちる力に促されるようにゆっくりと呪文を斉唱した。

「めぐれ、天の声! 響け、地の声! かのものを封ぜよ!!」

望美の声に怨霊は光に包まれると、欠片となって消えていった。

「怨霊が……消えたというのか! 本当に――!」
「封印出来てよかった……」
「君が……」

朔と行って以来の封印に望美がほっと胸を撫で下ろすと、弁慶が一歩前に出た。

「……君は不思議な人ですね。こうして見てみると、ただの可憐なお嬢さんにしか見えないのに……」

(怨霊を封じる力……これが朔殿が言っていたことか……)

以前、景時の妹で黒龍の神子である朔が話した出来事と、目の前で起こった出来事が弁慶の脳裏で重なる。 しかしそんな思惑を綺麗に隠すと、弁慶は笑顔を浮かべて礼を述べた。

「君のおかげで助かりました。ありがとうございます」
「……助けてもらったことは礼を言う。だが、女人がこのような真似をするなど、感心せんぞ」

憮然とした顔で苦言を呈す九郎に、望美はぱちぱちと瞳を瞬いた。

「――おい、望美!」

息を乱した将臣は、望美の無事を確認すると、ホッとしたように目を和らげた。

「あんまり心配かけるなよ」
「うん、ごめん」
「先ほどの光……封印の力を使ったのか?」
「僕も、それは気になっていました。君はもしかして白龍の神子、なのでは?」
「あ……えっと……」

気遣う敦盛と、驚き問う弁慶に、望美が複雑な顔で口をつぐむ。
そこへ平家の武士が駆け寄ってきた。

「神子殿! 敦盛殿、有川殿も……お探ししました。どうぞ、邸にお戻りください。入道殿がお待ちです」
「そうか、わかった」

素直に頷き、踵を返す敦盛に、望美も弁慶と九郎に向き直ると、別れを告げる。

「それじゃ、私も行きますね」
「ありがとう、お嬢さん。また会いましょう――必ず」

棒色の瞳がスッと細められ。その鋭さに、望美の記憶が蘇る。

「さようなら、白龍の神子――……いえ、平家の神子」

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