平家の神子

13、魅惑の足元

キンッ、キンッと、剣戟の音が響く。
ここは六波羅にある重衝の邸。
そこで望美は、彼の兄である知盛と手合わせをしていた。

「たあっ!」

望美が振り下ろした剣は、しかしなんなくかわすと、知盛が隙なく反撃する。
それを身軽にかわした望美を見て、敦盛はぼっと顔を赤らめた。
望美が動くたびにふわりふわりと舞う衣。
女人が着るにはいささか丈の短すぎる着物は、『すかあと』というのだと、以前教えてもらった。 この世界にはないその装束は、望美が異世界で纏っていたものらしく、この世界の着物は動きずらいと、ほとんどその『すかあと』を望美は着ていた。
特に鍛錬を行う時には必須らしいのだが、惜しげもなくさらされた美しい足は非常に心臓に悪かった。

「どうした? 敦盛」
「い、いえ……なんでもありません」

顔を真っ赤に染めた敦盛をいぶかしむ将臣に、慌てて頭を振って俯く。
キンッ!
剣が弾かれ、望美の手元を離れたところで、制止の声が上がった。

「そこまでです」
「チッ……」

つまらなさそうに剣を納める知盛に、望美は悔しそうに頬を膨らませた。

「あ~また負けた~!」
「兄上相手にあそこまで戦えるのは、素晴らしいことですよ」
「そうそう。俺だってまだ、数えるほどしか勝ったことないんだぜ」
「将臣くんは一度でも勝ったことがあるからいいじゃない」

重衝と将臣が宥めるが、望美は悔しそうに唇を噛んだ。

「クッ……じゃじゃ馬神子殿は気が強いな」
「誰がじゃじゃ馬よ! 本当に失礼な奴ねっ!!」

知盛とは必ずといっていいほど口喧嘩になる望美に、まあまあと将臣が間に入って宥める。

「重衝が茶の用意してくれてるぜ?茶菓子もついてるってよ」
「え? ほんとっ!?」

ぱあっと顔を輝かす望美に、知盛がクッと鼻で嘲った。

「子どもだな……」
「なんですって!?」
「おいおい、また蒸し返すなよ知盛」

どうも望美をわざと怒らせている感がある知盛に、将臣はため息をついた。

「お前は本当に面白い女だ……。そんな着物を纏って、敵を惑わすつもりか?」
「はあ?」
「スカート……と言ったか? 惜しげもなく足を晒して、男の劣情を誘うつもりかと聞いてるんだ」
「な……っ! そんなつもりないわよっ!! 着物じゃ動きづらいから着てるだけだよ」

舐めるような知盛の視線に、望美がぼっと顔を赤らめて手で足を隠そうとする。

「そんなふうに見てるのなんか、エッチな知盛ぐらいでしょ!」
「そうかな……?」

ちらりとこちらを見た知盛に、敦盛がぎくりと身を強張らせた。

「じっくり目の保養をしている者もいるようだが……? なあ、重衝?」
「美しいものは愛でるのが当然でしょう」
「し、重衝さんっ?」

思いがけない返答に、望美がぎょっと重衝を見上げた。

「まあ、こっちの世界じゃ異質この上ないもんな」
「ミニスカートは、女子高生の必須アイテムだもん」
「じょしこうせい?」
「あ~、俺らの世界でのこいつの身分?」
「身分なの?」
「ま、役職みたいなもんでいいんじゃないか?」

将臣のいい加減な説明に眉を寄せつつも、適切な説明が思いつかないため、望美もそのまま黙った。

「邸の中を歩き回る時なら着物でもいいんだけど、鍛錬だと足を取られちゃって動けないんだもん」
「だから、おとなしく邸で『神子様』やってればいいだろ?」
「い、やっ!」

一字一字区切ってはっきりと拒否する望美に、将臣が苦笑を漏らす。
大原で経正が怪我を負って以来、剣は大切な者を守る手段だった。

「そういえば、着物を纏われている時は、よくつまずかれていますね」
「う……っ。重衝さん、それは禁句です」
「ふふ、失礼致しました」

もともとミニスカートやパンツルックが多かったため、足の動きが制限される着物はどうにも苦手だった。

「やっぱりこの格好っておかしいかな?」
「別にいいんじゃないか? 生傷作るよりは」
「一言よけいだよっ!」

一応はこの世界での常識を把握しているらしい望美に、将臣が朗らかに笑う。

「今度、神子様に似合う小袖をお贈りしますね」
「え? いいですよ。そんな……」
「私が贈りたいんです。受け取ってくださいますね」

重衝の斜め45度からの視線に、望美がうっと口ごもる。
上下制服というわけもいかず、上だけは小袖を着るようにしていたので、重衝の申し出を断るわけにもいかなかった。

「わ、わかりました。ありがとう、重衝さん」
「いいえ。私の選んだ衣をあなたが纏ってくださるなど、考えるだけで嬉しいですよ」

口説きながら邸の中へと移動していく望美たちに、敦盛がゆっくりと後に続く。

(私も重衝殿のように言えれば……)

荒れ狂う怨霊の性を、清らかな力で抑え救ってくれた望美。
彼女への恩は計り知れなく、いくら報いても足りぬほどだった。

「衣など贈りたければ好きに贈ればいい……」

傍を通り過ぎる際の知盛の言葉に、敦盛がハッと顔を上げ彼を見る。
しかし、知盛は振り返らず、そのまま出口へと歩いていった。

「おや? 兄上はお帰りになられたのですか?」
「はい。そのようです」

重衝の問いに頷き、神子を囲んだ小さな茶席に腰を降ろす。
この世界のどの女人とも違う、華やかで優しい神子・望美。
そんな彼女を目で追わずにはいられないほど、己が惹かれていることに敦盛はまだ気づいてはいなかった。

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