平家の神子

12、聖夜

「くりすます……ですか?」
「うん!」

瞳を瞬いている経正を始めとした平家の面々に、望美はにこりと微笑んだ。

「私のいた世界では、師走の24日と25日はクリスマスといって、家族や大切な人たちとご馳走を食べたり一緒に過ごす日なんです」
「おい、望美。その説明、ちょっと違くねーか?」
「いいのいいの。だって将臣くんだって、キリストの生誕とかの意味合いで祝ったりしてなかったでしょ?」
「まあ、そりゃそうだが……」

口をつぐんだ将臣に、望美は改めて皆に向き直った。

「あれも『くりすます』に関係があるのだろうか?」
「そうです。クリスマスには、本当はもみの木に飾りつけをするんですけど、ここにはないのであの木で代用しました」

敦盛が指差す先には、リボンや小物が飾られた色鮮やかな庭木が。

「では、先程の輪の形をかたどったものも……」
「はい! 重衝さん、手伝ってくれてありがとうございました!」

にこりと微笑むと、皆を邸の中へと導いていく。
そこはいつも宴を開く部屋であったが、今日はいつもと趣が異なっていた。
まずは目立つところに飾られた、クリスマスリース。
これは、四苦八苦している望美の元を通りかかった重衝が協力を申し出て、藁を輪のように編んで飾り付けを施したものだった。 そして片隅に置かれた、雪玉を2つ重ねた物体。

「神子殿、あれはなんでしょうか?」
「あれは雪だるまです。クリスマスとは直接は関係ないんですけど、ちょっと飾りが物足りないんで、即興で作ってみました」

そう言って笑う望美の両手は、赤くかじかんでいた。

「神子様、このようにお美しい御手を真っ赤になさってまで……」
「わわっ、重衝さんっ!? だ、大丈夫ですからっ!!」

両手を包み込んで暖めようとする重衝に、望美は顔を赤く染めて慌てた。

「と、とにかく今日は私と将臣くんのいた世界では、みんなで宴を開くんです。だから、今日は少し趣向の違った雰囲気で、宴を楽しんでくださいね」

望美の声を合図に、次々と料理が運ばれて来て。
それまで瞠目していた一面も、酒を酌み交わし徐々に和んだ空気へと変わっていった。

「重盛は面白いことを考えおるのぅ」
「あなた。重盛ではなく、将臣殿ですよ」
「ん? そうだったか?」

怨霊として蘇ってから、記憶に曖昧なところが見られるようになった清盛に、二位尼は複雑な笑みを浮かべながら酒を注ぐ。

「こうした装いの宴も、なかなか楽しいものですね」
「ふん……俺は酒が飲めれば構わん……」
「兄上は相変わらずですね」

にべもない知盛に、重衝は苦笑しつつ杯を傾けた。

「なあ?」
「ん?」
「なんでクリスマスなんかやろうとしたんだ?」

それぞれに異なる習慣を楽しんでいる様子に微笑んでいた望美は、将臣の問いに向き直った。

「平家の人って宴が好きでしょ? だから、こういうのも喜んでくれるんじゃないかなぁと思って」
「まあ、楽しんではいるな」
「詳しく言ったら異国の神を奉ってって問題になっちゃうかもしれないけど、まあ心持ちの問題だから構わないと思うし」

この頃の日本といえば、仏教が主たる宗教なので、異国の祭りといえば拒否されたかもしれなかった。

「ここの人たちにはお世話になりっぱなしだから、ちょっとしたお礼と……忘れないため、かな」

望美の返答に、将臣が驚き振り返った。

「この世界にやってきてからもう一年でしょ? 譲くんは見つからないし、自分たちの世界に戻れるのかも分からない。けど、私の住む世界はやっぱりあの世界だから」
「望美……」

今まで望郷の念を口にしたことのない望美の、初めての告白に、将臣は何を言っていいか分からず、ただ望美を見つめていた。

「あ、この世界がいやだとか、そういうことじゃないからね。皆いい人たちだしっ!」

慌てて続ける望美を、将臣が無言で引き寄せた。

「将臣くん?」
「……また俺と俺の両親と譲と、お前とお前の両親の七人でクリスマスパーティやろうな」
「……うん」

将臣の言葉に、望美の目尻にじんわりと涙が浮かんでくる。
この世界にやってきて、清盛の元に身を寄せるようになってから一年。
相変わらず見つからない、もう一人の幼馴染の行方を、ずっと二人は気にかけていた。
右も左も分からぬ二人に、平家の人々はとても優しくて。
その恩に少しでも報いたいと、二人はそれぞれにできることを頑張っていた。
それでも、どんなに彼らが優しくて、この場所が居心地が良くても。
望美と将臣、そして譲がいるべき場所は、自分たちを待つ人が他の世界にいるのだ。

「譲くん見つけたら……また皆でクリスマスパーティしたいな」
「見つかるさ。必ず」

くしゃくしゃと励ますように髪を撫でる将臣に、望美が小さく鼻をすすり頷く。

「神子様? どうかされましたか?」
「あ~俺が酒を進めたから、すねてたところだ」
「……って、将臣くんだって未成年じゃない!」
「この世界じゃ十分成年だってよ」

当然のように杯を傾ける将臣に、望美が声を荒げる。

「神子様はお酒は苦手でしたか?」
「うん。飲んだことないの」
「クッ……ねんねだな」
「何よっ! 知盛っ!」

冷やかす知盛に、望美がムッと眉をつりあげた。

「少しだけ飲んでみませんか?」
「う……ん」
「こいつは真面目だから、二十歳過ぎないと抵抗あんだよ」
「将臣殿と神子殿のいらした世界では、二十歳までは禁じられているのですか?」
「そうなんですよ。なのに将臣くんったら……」
「酒ぐらい飲めなきゃ、一人前の男とはいえないよな? 知盛?」
「ふん……」

知盛に話を振って正当化づける将臣に、望美は唇を尖らせた。

「この『くりすます』とやらもいいもんだな。これからは毎年行うとするか」
「ええ」

息子たちを始めとした若者の賑やか様子を、清盛と時子が満足そうに見つめ微笑む。
異世界での暖かくて、優しい……ちょっと切ない望美と将臣のクリスマス。

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