平家の神子

11、重衝の舞レッスン

「こうして……こう?」

重衝の舞を真似ながら舞ってみせる望美に、重衝がそっと手を取った。

「し、重衝さんっ!?」
「ここはこうして、こうです」

望美の手を導き、舞の動きを教える重衝に、慌てて集中する。
その真剣な表情に、重衝がふっと微笑んだ。

「神子様は覚えるのが早いですね。もう、基本の動きは大丈夫でしょう」
「そうかな~? なんか、全然重衝さんのように優雅に舞えないよ」

平家で一、二を争う舞の名手であると敦盛が言っていた通り、重衝の舞はとても優雅で美しかった。

「舞は考えるより、楽に心を添わせるといいですよ」
「音楽に?」

ふと、傍らで笛を奏でる敦盛を見て、その音色に耳を傾けた。

「そっか。上手に舞おうって、そればかり意識しちゃったからいけないんだ。もう1回いい?」
「ええ、もちろん」

優しく微笑む重衝に、望美は気持ちを落ち着けると、楽に耳を傾けながら扇を揺らす。

(敦盛さんの笛って、本当に綺麗だなぁ。経正さんの琵琶も暖かくて力強いし……)

彼ら兄弟が奏でる楽はとても美しく、その音色に心を移しながら舞う。

(ん~……なんか気持ちいいかも)

瞳を閉じ、美しい音色に身を委ね、その心地良さに浸る。
自身が音と一体化するような感覚。

「美しい……」

重衝の感嘆する響きに、望美は意識を浮上させると、そっと瞳を開けた。

「とても綺麗でしたよ、神子様」
「ああ。素晴らしい舞だった」
「まるで袖振山に舞い降りたという五節の舞姫のようでした」
「みんな、褒めすぎだよっ」

賛美に望美は顔を赤らめて手を振った。

「あなたは月より参られた天女か……もしくはかの姫君か……。いずれ帰られてしまうのかと思うと、羽衣を隠してしまいたくなりますね」
「重衝さん?」

重衝の表情がいつものような甘言ではなく、わずかながら翳っているのに、望美は不思議そうに首を傾げた。 そんな幼い素振りに、重衝が優しく微笑む。

「なんでもありませんよ。もう一指し、お願いしてもよろしいですか?」
「はい。お願いします」

真剣な顔で扇を構える望美に、重衝も己の扇を構え、舞を合わせる。
隣りに並ぶのは、龍神に愛されし稀なる少女。
心の痛みを感じ、その清き心で荒んでいた重衝を癒してくれた神々しい神子だった。
彼女はこことは異なる世界からやってきたと、そう以前聞かされた。
確かに望美は、この世界のどの女性とも同じところのない、二人とない存在だった。
それでも、どうしても惹かれる想いを止めることが出来ない。
次々と目にする彼女の魅力に、惹きこまれてしまうのだ。

「白雲の 八重にかさなる をちにても 思はむ人に 心へだつな」
(意味:白雲が八重に重なるような遠い場所に行っても、あなたを思うこの心を分け隔てしないでほしい)

「え? なんですか?」

突然の和歌に、望美がきょとんと重衝を見る。
そんな望美に微笑んで、紫苑の美しい髪を一房手にとって口づけた。
今までのように戯れに手折る事の出来ない、誰よりも美しい花。
欲して手を伸ばしながらも、手折る事を躊躇ってしまうほど、それは清く気高いものなのだ。
だから――。

「あなたの傍で舞う役だけは、どうか私にくださいませんか?」

この髪の一房ほどにしか触れ合えなくとも、少しでも寄り添いたいと願ってしまうのだから。

「? いいですよ。まだまだ教えてもらわないといけませんし」

重衝の想いなど知らぬ望美は、無邪気に頷き微笑み返す。
その無垢なる様に切ない痛みを感じながら、それさえも愛しく思う重衝だった。

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