好き、って言って

八木かな2

想いを交わし合った翌日、仙台へ帰る八木沢に仲間たちは気を利かせて先に新幹線の駅へ行ってしまったので、かなでと二人で分かれるまでの一時を穏やかに過ごす。
けれども寮を出なくてはならない時間が近づいてくると徐々にかなでの口数が減っていって、もう10分もしたら出なければならない時間になると、かなでが八木沢の袖を小さくつまんで「好き、って言ってください」と震える声で乞うた。

潤んだ瞳は離れることを寂しがってくれているから。
仙台と横浜。
二人を隔てる距離は近いとは言い難く、彼女が寂しく思うのは当然だった。
それでも、この先の未来も共に在るために、八木沢は一つの試練を乗り越えなくてはならないから。
想いを導にして見失わないように大切に抱きしめて、彼女の不安を拭うように穏やかに告げる。

「小日向さん、あなたが好きです。何度言葉を重ねても、きっとあなたに僕の想いをすべて伝えることはできないかもしれません。だからこれからもずっと、こうしてあなたに伝え続けるのでしょう」

袖をつまんでいた手を取ると、その指先を口元に寄せて軽く唇で触れる。
敬意と愛情。
彼女を演奏家として尊敬する気持ちと、一人の女性として愛する気持ち。
それらをこめて口づけると、頬を赤く染めたかなでに微笑む。

「あなたの体温を感じるだけで僕の胸はこんなにも幸せに満ちて温かな気持ちになれるんです。もっと、あなたを好きになる」

「八木沢さん……」

「春を横浜で迎えられるように頑張ります。だからもう少しだけ待っていてもらえますか?」

直前になって進学先を改めた八木沢の入試はもう間もなく。
離れ離れになる時を惜しまないで済むように、彼女の傍に在りたいと願うから。

「はい、待ってます。応援してます。受験頑張ってください」

「ありがとうございます。あなたが待っていてくれるなら、僕はいくらでも頑張れます」

この想いを導にして見失わないように、好きと言葉にすることで少しでも不安が拭えるなら拭いたい。
だって自分も同じ気持ちなのだから。

「そろそろ出ないといけませんね。さあ、行きましょう」

恭しく手にしていたぬくもりに指を絡めれば、同じように絡め返してくれる。
そのことが嬉しくて幸せで、このぬくもりを手放さないために、もう一度会うために頑張るのだと強く心に誓った。

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