広がる未来

央撫8

あの日、僕の世界は一変した――。


今まで当然のように周囲にあったものがなくなった。
柔らかな太陽の陽射し、澄んだ青空、色とりどりの花々。
高いビルも、美味しいスイーツが売られている店も、学校も、家も。

神々の黄昏――生物には害のない、無機物だけを破壊した爆発。
世界を一変させたそれは、戦争でもなく、自然災害でもなく、原因不明の超常現象のようなものだと、研究者たちは言った。
人の常識を超えたもの……だからこの世界改変は神の手によるものだと、そのような名がついたのだろう。

目に映る世界はあまりにも今までとは異なっていて、すぐには現実だと思えなかった。
それでも、夜が明けても差し込むことのない陽射しに、変わらぬ崩れた建物が広がる風景に――何より失われた大切な存在に、自分の知る暖かで幸せな日常は壊れてしまったのだと、そう実感せざる得なかった。




「――央?」

名を呼ぶ柔らかな声に、知らず物思いに沈んでいた意識を浮上させる。

「撫子ちゃん、どうしたの?」

「どうしたのじゃないわ。央の姿が見えないから探していたのよ」

この世界ではまだ稀な花の咲くこの場所に立つ央に、撫子は花を踏まないように気をつけながら彼の元へと歩いてくる。

九楼撫子。
神々の黄昏後に樹立した新政府のトップ・キングに愛された少女。
彼女のいた世界では円とともに親しい友人だったようだが、自分は彼女のことを英のパーティで会った円の友人、としか記憶になかった。

知っている、彼女が心を許している仲間から、見知らぬ人間のように……ましてや駒のように扱われることはどれほど辛かっただろう。
無理矢理にこの世界に連れてこられ、理由がわからないまま交渉の駒として扱われたり、政府に追われる日々はどれほど恐ろしかっただろう。

そして……世界の荒廃が自分の―正確には異なる時系列の彼女なのだが―ために起こったことを知った時、彼女の苦しみは計り知れないものだっただろう。
この世界の彼女に起きた不幸な出来事も、その後のキング……海棠鷹斗が引き起こした出来事も、彼女には何の咎もなかった。
それでも、優しい彼女は荒廃したこの世界に心を痛め、目を背けなかった。

「綺麗ね……」
「うん」

政府が整備したというこの花畑は、政府が解体された後も綺麗に咲き続けていた。
まだまだ荒れ果てた土地の多いこの世界で、それでも地に根を張り、美しい花を咲かせる様は央に希望を抱かせた。

一度壊れてしまった世界を立て直すことは容易ではない。
それでも人々が希望を失わない限り、可能性は消えはしない。
この世界のあらゆる場所で花が咲く未来も夢ではないと信じられるのは、大切な家族が……撫子が傍にいてくれるから。
このかけがえのない幸せを守りたいと願うから。

「この前、ここ以外でも花が咲いているのを見かけたの」

「え? 本当?」

「ええ。ここの花と同じ種類だと思うわ。……きっと、荒れた地でも咲くことのできる強い花なのね」

神々の黄昏が起こる前のように、色とりどりの花が咲き乱れるようになるのはまだまだ時間がかかるだろう。
それでも、こうした変化は世界は変わっていけるのだと、新しい希望をもたらしてくれた。

「今度僕もその場所に連れて行ってくれる?」
「もちろんよ。私も、央と一緒に見たいと思ったの」

にこりと、柔らかな笑みが愛しくてその身を抱き寄せると、伝わるぬくもりに幸せを感じる。
家族以外の大切な存在を得た喜びが、またひとつ央の道を明るく照らす。
荒廃したこの世界でも、前を向いて歩いていきたい。
自分に出来ることを探して、少しでも人々を幸せにしていきたい。
そう、強く願うから。

「撫子ちゃん」
「なに?」
「好きだよ」

思いのままに告げれば、あっという間に赤く染まった頬に背けられる顔。
照れ屋の彼女のこうした姿は可愛くて大好きだけど、今はその瞳に自分を映してほしくて頬に手を添えると、困ったようにそれでも翡翠の瞳が央を映す。

「……私もよ」
「うん」

小さく返された愛の言葉に微笑むと、胸に溢れる恋情に従い、そっと顔を傾ける。
唇に感じるぬくもりに、誓いを新たにした。
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