「ね、撫子ちゃん。ちょっと寄り道していかない?」
「いいけど、どこに?」
「それは着いてからのお楽しみってことで。行こう」
央に手を引かれて辿り着いたのは、白い花が咲き誇る花畑だった。
「綺麗ね……」
「うん。ここに来ると、この世界は立て直せるって思えるんだ」
「ええ」
荒れ果てた中で生を感じられるこの場所はとても静謐で、花はどこにでも咲けるのだと心を上向かせてくれた。
「ねえ、撫子ちゃん。世界がこうなったのは君のせいじゃないよ」
「…………っ」
央を見上げると、やわらかな笑みに視界が薄膜に揺れる。
「だから君が罪悪感を抱く必要も贖罪の必要ないんだ」
「確かに事故は私のせいではないわ。それでも、鷹斗がこんなことをしたのは私のせいよ。私が事故に遭ったから、だから彼はこんなことをしたんだもの」
爆発は偶発的なものだった。
それでも原因は、事故に遭った撫子を目覚めさせようとした鷹斗の実験なのだから。
「だから君は償うべきだと思っているの?」
「……そうよ。私のせい、なんだもの」
荒廃した世界。
それは強く悲しい願いによって引き起こされた。
「どうしたらいいのかなんてわからない。それでも私がやらなくちゃダメなの」
「君が責を負ってそれで傷つき倒れてしまったらキング……海堂鷹斗くんも円も、僕も苦しいよ」
静かに諭す声に、ホロリと涙がこぼれる。
「だって、私のせいなのよ? 鷹斗がこの世界を壊したのは! 皆が今もこんなにも苦しんでるのは……っ」
どうにかしたいと思った。
しなくちゃいけないと思った。
それでもどうすればいいのかわからなくて、鷹斗が私を望むのなら会わなくちゃいけないと、そう思っていたのにそれも叶わなくて。
「だから君は傷ついてもいいの? 違うよ、そんなの間違ってる。皆が幸せに生きたいと願うように、君にだって幸せになる権利があるんだから」
握られた手からぬくもりが伝わる。
「君に罪なんてあるわけもない。一人で頑張る必要なんかないんだ。僕もこの世界を立て直したいって思ってるし、西園寺くんも有心会もそのために頑張ってる。皆、願いは同じなんだよ」
ほろほろと溢れて、花が濡れる。
「僕は君に笑ってて欲しい。罪悪感に苛まれて苦しむんじゃなく、この世界を良くしたいって一緒に頑張っていきたいんだ」
央の優しさが染みていく。
目覚めてからずっと抱えていた罪の意識はなくならないが、それでも一人で頑張らなくてもいいのだと、差しのべてくれる手に甘えてしまいたくなる。
(でもーーそれは【私】が受け取っていいの?)
央が初めて手を差しのべてくれたのは〝私〟。
自分の手の届く人を助けたいーーその変わらぬ思いからだとわかっていても、私の中に別の思いもある。
忘れないで。そうあなたが願ったから。
忘れたくない。そう〝私〟が願ったから。
【私】は忘れないと、二人の願いを抱きしめた。
だからあなたのことを覚えている。
〝私〟があなたを想う気持ちを覚えている。
だから、わからなくなる。
あなたの言葉に嬉しくなるのは〝私〟なのか【私】なのか。
あなたに映る私は、忘れないでと願った〝私〟なのか。
〝私〟じゃない【私】があなたの手を取ってしまっていいのか。
優しい人だと思った。
あたたかい人だと思った。
そばにいると嬉しくて、もっと笑ってほしくて。
それでも、この思いが【私】のものかがわからないから。
「撫子ちゃん、僕は君が好きだよ。辛い現実に目を背けずに、まっすぐに向き合う君の強さが。僕も頑張ろうって思うし、助けたいって思うんだ」
「私は、央が知る私じゃないわ……っ。私が知るあなたは事故に遭う前のパーティーと、目が覚めてからだけ。あなたが好きな私は……私じゃない……っ!」
告げて、胸の痛みに冷えた指先を握る。
私は、悲しいのだろうか?
央が好きなのが私でないことが。
私は央を好きなのかもわからないのに。
「君は撫子ちゃんだよ。苦しくても逃げようとしないで立ち向かっていく、そんな君だからそばにいたいと思うんだ」
央の言葉に顔をあげると、まっすぐに私を見てくれる。
「僕と過ごした撫子ちゃんが君でないなら、僕を知って欲しいし、僕も君を知りたい。君が復興を望むなら力になりたいし、一緒に頑張りたいんだ」
「いい、の……?」
あなたが願う〝私〟じゃないのに。
「ありがとう。忘れないでって僕の願いを受け止めてくれて。でもその願いが君を苦しめるなら忘れてほしい。僕は〝彼女〟を好きになったことを後悔しないし、君には笑ってて欲しいんだ」
「忘れないわ。そう決めたんだもの」
忘れたくないと、そう願ったのは私達。
大切なこの思いを忘れたくない。
たとえ苦しくても抱えていたいと決めたから。
「君はやっぱり撫子ちゃんだね」
笑って優しく目元を拭ってくれる央に、まだ胸は痛むけど、それでもいいと思えた。
たとえもう彼の瞳に〝撫子〟として映らなくても、それならもう一度私として向き合えばいいのだから。
約束は違わない。
それでも私は歩いていく。
この世界で彼と。
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20210213