彼女の作ってくれた朝食を食べた時は、嬉しくて泣きそうになった。
だってそれは以前にも食べたことのある味で、彼女なのだとそう思ったら堪らなくて、そんな思いを誤魔化すのに苦労した。
彼女は自分は別人だとどこか罪悪感を抱いているように思えたが、央にとってやはり彼女は彼女で。
けれども帰った〝彼女〟の面影を無意識に探しているのも確かだったから、不用意に踏み込まないようには気をつけていた。
「英? どうかしたのか?」
「ううん。それで、やっぱりキングとの面会はダメかな」
「そりゃおいそれと会わせるわけにはいかねえだろ」
意識を今朝の出来事から今に戻すと、目の前の彼を見る。
有心会の若頭。
一見荒々しく見えるが話せばきちんと向き合ってくれることはわかっていたから、央の交渉相手は専ら彼が担っていた。
「でも、やっぱり整えられたシステムを有効活用する方が早く流通を正常に戻せると思うんだよね」
「そりゃそうだが、それでやつらを解放したら何のための革命だったんだよ」
「別に今すぐキングを解放して欲しいってわけじゃないよ。ただ協力してもらうことは出来ないかな~って」
央の言い分に眉を寄せるも、トラから拒絶はない。
彼も復帰したしぐれと志は同じで、この荒廃した世界を以前のように建て直したいと思っているからだ。
「あいつらが手を貸すかもわからねえだろ」
「そこは僕が交渉してみます」
システムエンジニアだったらしい円なら力になってくれるだろうと考え告げると、央の家族であることを知ってトラが黙りこむ。
とりあえず持ち帰って相談すると言ってくれただけでも良かったと胸を撫で下ろした。
「そういや、お嬢が戻ったんだって?」
「あーうん。戻ったのとはちょっと違うけど」
「何だよ、歯切れがわりぃな」
「後で撫子ちゃんを連れて行くよ。時田くんと約束してたし」
「そうしてくれ。忘れず伝えろって煩くてな」
「はは、了解しました」
トラと別れアジトに足を向けながら、これからのことを考える。
政府が解体した今、彼女が逃げ隠れる必要はなくなった。
十年も行方不明になっていたなら、家族も心配していただろう。
「まずは彼女の家族を探して、それから……」
それから、どうするか。
彼女をもう手放したくないと思う気持ちがある。
けれどもそれを今の彼女にぶつけていいものかわからない。
確かに自分は撫子が好きだが、彼女にとっては突然現れた知り合い程度でしかないのだから。
「十年か……」
事故で長い眠りについていた撫子。
本来なら目覚めることはないほどの傷を負っていた彼女が目覚めたのは、キングの高い科学力によるものだった。
元の世界に帰りたいと、あの〝彼女〟は願っていた。
ならこの世界の彼女は何を望むのか。
まとまらない思考を止めどなく続けながら、彼女が待つ家へ帰る。
どうしたって央にとって彼女は撫子だった。
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20210213