壊れた世界の約束

央撫19

目覚めは快適だった。
今までもずっと眠っていたのだし、〝私〟が帰ってからまだそれほど時間もたっていないのだろう。
始めこそ身体を動かすことに戸惑ったが、今はもう感覚は戻っていた。

「央は起きてるかしら?」

手櫛で軽く髪を整えると、シワのよった衣服を直し部屋を出る。
静かなリビングに一瞬出かけているのかと思うも、ソファの人影にまだ眠っているのだと気がついた。
起こそうとそばに寄ろうとして、思い出されたのは寝ぼけた央に抱き寄せられた記憶。

「……起きるまでご飯を作っておきましょう」

勝手に食材を使ってしまうが、央ならきっと咎めはしないだろうと、赤らんだ頬を冷ますように触れながらキッチンに向かい、包丁を手に取る。
記憶と違わぬ場所に懐かしさと切なさを感じながら、野菜を食べやすい大きさに切って鍋に入れて煮込む。

「卵もあるのね。ならスクランブルエッグかオムレツにしようかしら」

央ほどレパートリーのない撫子だが、簡単なものなら作れると、スープを煮込みながら献立を考えていく。

「ん……美味しそうなにおい……」
「おはよう、央。目が覚めたのね」
「……撫子ちゃん? あれ?」
「まだ意識がはっきりしないなら、顔を洗ってきて。もうすぐご飯も炊けるわ」
「あ、うん」

もそもそと、幾分遅い動きは目覚めのよくない央らしく、そんなところも懐かしくて微笑んでしまう。

「わぁ、美味しそう!」
「ごめんなさい、勝手に食材を使ってしまって」
「全然構わないよ。むしろこんな美味しそうなご飯を作ってもらって、僕の方こそありがとう」

予想通りの反応に肩を撫で下ろすと、向かい合って手を合わせた。

「うん。美味しいよ」
「央には敵わないけれど、そう言ってもらえると嬉しいわ」
「可愛い女の子に作ってもらうだけでもご馳走だけど、お世辞抜きでも本当に美味しいよ」

ニコニコと、作ったものに口をつけては誉めてくれる央に、嬉しさと照れくささに頬を赤らめる。

「央は今日はどうするの?」
「簡単な情報交換だけしてすぐ戻るよ。だからここで待っていてもらってもいいかな。君も色々知りたいことがあるでしょ?」
「ええ。なら待ってる間に掃除をしてるわね」

央の予定を確認して、ならばと行動を決めればパチリと瞳を瞬かれて。

「……うん。ありがとう、助かります」

嬉しそうにはにかむ央に、そういえば彼は片付けが得意ではなかったのだと〝私〟の記憶を思い出す。
触れてはいけないものはないかを確認して央を見送ると、雑巾で丁寧にホコリを拭き取り床を掃く。
片付けが苦手と言ってもそこは料理人らしく、ホコリが積もるような酷い有り様ではないが、ベッドの下やソファの後ろなどに靴下や書類が落ちているのは相変わらずだった。
拾って洗濯物は脱衣所に、書類は机に片していると、引き出しから飛び出た紐に気がつく。

「これ……」

見覚えのあるお守り。
助けた人からお礼としてもらったこれを央は大切にいつも身につけていたのに、どうしてここにしまわれていたのか?
以前のように寝ている間に落としたのではなく、しまっていたことに違和感を覚えて、逡巡した後に紐を中にきちんと入れて元に戻す。
そうして掃除を終えた頃に央が帰ってきたので、彼の作ったご飯で昼を済ませて、お茶を片手に向き合った。

「え? 政府が解体したの?」
「うん。有心会の革命が成功してね。円もキングも捕まった」
「そう、なの」

鷹斗と向き合わなければならないと、そう考えていたので、思いがけない事実に言葉を失う。

「ただそのせいでまた国内が混乱してるんだ。政府じゃないと使いこなせないシステムもあって流通は滞ってるし、犯罪も増えた。有心会も頑張ってはいるけど、そう簡単にはいかないだろうね」

確かに今までは政府の一元管理で行われていたのだから、それらを安定させるのは難しいだろう。
それでも復興は時間との勝負だと、央は仲間と情報組織を本格的に運営し始めたらしかった。

「今は難しくても、いずれキングの協力も得られたらと思ってるんだ」
「鷹斗の?」
「うん。確かに彼のやり方は間違っていたけど、すべてが悪いわけではないと思うんだ。傷つく人をなくしたいのも、皆が安心して暮らせるようにしたかったのも、本心じゃなければあんな政策打ち立てないと思うから」
「……そうね」

私が事故に遭ったことで過剰に取り締まり、ルールを定め縛りつけていたが、それも『守りたい』という思いからだった。
それに【私】の大切な友人だった鷹斗を信じたいという思いもある。
彼が歪んでしまった原因が私ならなおさらに。

「私も、鷹斗と話したいわ」
「僕も有心会と根気よく話し合って実現出来るように頑張るよ」
「ねえ、央。何か私も手伝えないかしら」
「え?」
「もう政府に追われることもなくなったのだし、私もこの世界のために何かしたいの」

始めは鷹斗と向き合うべきだと思っていたが、現状でそれが難しいのなら自分に出来ることをしたかった。
ーーこの世界が荒廃したのは、私のせいなのだから。

「なら僕たちの組織で活動する?」
「……いいの?」
「もちろん。可愛い女の子なら大歓迎だよ」
「ありがとう。でもあまり安易にそんなこと言わない方がいいわ。誤解されるもの」
「誤解、か」
「央?」
「はーい気をつけます」

一瞬眉の下がった様に、けれどもすぐに笑顔で隠されてしまう。
それがなんだか一線引かれているようで寂しいと、少しだけ思った。

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20210213
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