壊れた世界の約束

央撫19

「とりあえず今日はもう休もうか。君もまだ混乱してると思うし」
「そう、ね」
「あ、ベッドは君が使ってね。女の子をソファになんて寝かせられません」
「でも、急に転がり込んできたのは私だもの。それに家主は央なのよ」
「いいから、いいから。ここにいる間は君がベッドで、僕がソファ。これは譲れません」

〝私〟とも交わしたやり取りに、紳士な央が譲らないことはわかっていたから、ありがとうとごめんなさいを伝えて寝室のドアを開ける。

「……央、ありがとう」
「どういたしまして。おやすみ」
「おやすみなさい」

笑顔の央に就寝の挨拶をしてベッドに座る。
〝私〟も借りていたベッド。
今、央はどんな気持ちでいるのだろう。
申し訳なさに押し潰されながら潜り込むと、小さく身体を丸めて目をつむる。
意識していなかったが、やはり久しぶりに動いて疲れていたらしく、ほどなくして眠りに誘われた。




静かになったリビングで、二人分のマグカップを手に取ると、先程のやり取りを思い出す。

『美味しくなる魔法、ね』

それは以前、彼女に伝えた言葉。
それを彼女が口にした時、どうしようもなく泣きたくなった。
ーー正直、後悔した。
何故彼女を引き止めなかったのか。
カッコなんかつけないで、泣きすがってでも引き止めれば良かったと、彼女が帰ったあの日、一人涙を止められなかった。
彼女の幸せを願う気持ちは本当で、それでも同じぐらいそばにいて欲しいと願っていた。
だから目覚めた彼女を見て、まさかと期待した。
彼女が戻ってきてくれたのかと。
けれども、目覚めたのはこの世界の九楼撫子ちゃん。
事故で長い眠りについていた彼女が目覚めたのは嬉しいことなのに、戸惑ってしまったのは彼女の言う通りだった。
それでも彼女と同じ姿で、同じことを言う彼女を別人だなんて思えなくて、だから撫子は撫子だと、そう言った。
それは真実であり、誤魔化しでもあったが。
目の前の彼女をあの撫子と同じように接していいのかわからない。
自分が本心でどう思っているのかもわからない。
それでも、もう一度会えたことが嬉しい。
それに偽りはなく、カップを洗い片すとソファに身を沈める。
今夜はすぐに眠れそうになかった。

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20210213
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