誕生日

央撫15

「ただいまー」
「おかえりなさい。今日も一日お疲れ様」

帰ってきた央を出迎えながら労うと、目尻が下がってその頬が緩む。

「あ~幸せだな」
「央?」
「こうして可愛い奥さんにおかえりって出迎えてもらえるのはいいものだなって、しみじみ思っちゃいました」
「もう……ほら、手を洗って着替えてきて」
「はーい」

赤らんだ顔を誤魔化すように央を急かすと調子のいい返事が返ってきて、苦笑をこぼしながら手早く食卓を調える。
普段よりも品数が多い為に、央がテーブルに着くまでに並べきれずにいると、やって来た彼が目を丸くする。

「うわぁ~今日はご馳走だね」
「ごめんなさい、普段よりも食材を多めに使っちゃって」
「それは大丈夫だけど、今日って何かあったっけ?」

ご馳走の理由に思い至らない央にやっぱりと呟くと、運んでいた料理をテーブルに置いて彼と向き合う。

「お誕生日おめでとう。8月6日は央の誕生日でしょう?」
「誕生日……そうか、今日は僕の……」

本当に忘れていたらしく、撫子の指摘に記憶を呼び起こすとふわりと破顔した。

「それで今日は家事に専念するって言ってたんだ」
「央みたいに要領よく作れないから、時間がほしかったの」

普段ならば少しでも手伝いたいと、有心会や各地の仲間の連絡役として動いていたが、今日はその役目をお休みして今夜の為の料理に勤しんでいた。

「ありがとう。どうしよう、すごく嬉しくて泣きそう」
「もう、冷めないうちに食べましょう? 内緒にしたかったから朝からだけど、シチューも煮込んだのよ。央の作るビーフシチューには敵わないけど……」
「そんなことないよ。美味しそう……食べてもいい?」
「もちろんよ。どうぞ」

嬉しそうに手を合わせる央に、同じようにいただきますと手を合わせると、湯気ののぼるシチューを口にする。
味わい深さはやはり央の作るものに敵わないけれど、しっかり火の通った野菜はホクホクで旨味も引き出されており、なかなかの出来に嬉しくなる。

「うん、美味しい! 撫子ちゃん、料理の腕前上がったよね」
「それは央の教え方が上手だからだわ」
「いやいや、これは僕も負けてられないな」

次々と料理を口にしては嬉しそうに食べてくれるのが幸せで、央がいつも口にする料理への思いを実感する。
テーブルの上の料理が綺麗になくなったところで席を立つと、冷蔵庫の奥からデザートを取り出して蝋燭を傍に置く。
照明用の物だから飾りたてることは出来ないが、やはり誕生日には欠かせないと並べたのだ。

「うわぁケーキまで作ってくれたの? 一人でこんなに用意するの大変だったよね」
「実はスポンジが上手に膨らまなくて……トライフルにして誤魔化してるの」

本当はふわふわのスポンジケーキを作りたかったのだが、上手く膨らまずに固くなってしまったので、急遽トライフルに変更したのが悔しくて、撫子の顔が少しだけ曇る。
まだまだ流通の安定しないこの世界では食材も思うように手に入らず、再チャレンジは諦めたのだった。

「いやいや、これもすごく美味しそうだよ! ほんのりお酒の薫りもするし。これ、ブランデー?」
「ええ。トラに少しだけ分けてもらったの」

嗜好品にあたる酒類は特に貴重でなかなか出回らず、こうして菓子に使うのは贅沢なのだが、今日だけは特別だと前々から寅之助にお願いしていた。

「まだ残っているし、央はお酒嫌いじゃないわよね? もしよかったから飲んでちょうだい」

そう告げると央は眉を下げ一瞬の間の後、撫子を見る。

「……それってもしかしてお誘いだったりする?」
「!?」 「なんてね。冗談です。ブランデーはまたにして、このトライフル食べていい?」

一瞬漂った艶めいた空気はあっさり消えてしまい、いつものように笑う央に、キュッと胸元で指先を握ると彼を見る。

「……そうだって言ったら?」
「はい?」 「だから、そうだって言ったらどうするの?」

ドキドキと急激に早まる鼓動に負けないように言葉を紡げば沈黙が流れて。

「君との大切な一夜をお酒なんかでわからなくなるのは嫌だから、今晩はこのトライフルだけにしておくね。だから、この後は君をもらってもいい?」

そう問いかける央の瞳には、先程一瞬だけ浮かんでいた撫子を求める熱が宿っていたから。
こくりと頷くと、トライフルに向けられていたスプーンが小さく震えた。

2019誕生日創作
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