キスしないと出られない部屋

円撫16

「は?」

部屋に戻り、テーブルに置かれた紙を手に取って、そこに書かれた文章に胡乱な声が出てしまう。
『キスしないと出られません』
まさかと、今入ってきたばかりのドアに近寄るが、何故か開くことはなく、傍らの円を見る。

「どういうこと?」
「さあ? 大方レインさんの悪戯なんじゃないですか」
「レインの?」
「放っておいてもそのうちキングが開けますよ」

そう言ってさっさと椅子に腰かける円に、もう一度ドアを確認して、開かない状況にため息をつくと彼の後に続く。

「どうしてレインがこんな悪戯するのよ」
「知りませんよ。そもそもあの人の行動はキング並みに理解不能ですからね」
「そうなの?」
「そうなんです」

面倒くさそうに答える円に、レインの意図はわからないが、時間が解決するというなら仕方ないと、部屋のティーセットで二人分お茶を用意する。

「ぼくにもなんて珍しいですね」
「不本意ながら閉じ込められてるんですもの。自分に淹れてあなたに用意しないのも気が引けただけよ」
「そうですか。では遠慮なくいただきます」

そうしてティーカップに口をつけると、ヒラヒラと紙が降ってくる。

『早くキスしてください』
「…………」

どこかで覗かれてるのかと思わず天井や部屋を見回すも、カメラのようなものは見つからない。

「監視カメラはありませんよ。キングもあなたに嫌われたくないようですから」
「だったらどうしてこんなものが出てくるのよ」
「さあ。レインさんに聞いてみたらいいんじゃないですか」
「…………」

どうでもいいという態度にムッと顔を歪めると、なら連絡してと円を見る。
仕方なしに円が通信機を操作するが、何度か弄った後に眉が歪む。

「通じません」
「は?」
「だから、通じないって言ってるんです。あなたバカなんですか」
「通じないってどういうことよ」
「故障したわけではないんでしょうし、この部屋が妨害電波でも発してるんじゃないですか」

そこまでするのかという状況に、撫子は頭を抱え込んだ。

「こんなことして何になるのかしら……」

円とキスをする必要がどこにあるというのか。
何故にレインがそれを望むのか。
まるでわからない。

「どうします?」
「何がよ」
「キス、するか聞いてるんですよ」
「は?」

思いがけない問いに瞳を瞬くと、円がふぅと手を振る。

「ぼくも暇でないんで。それで出れるって言うならサッサと済ませようかと思うんですが」
「待って。冗談じゃないわ」

キスをしたからといって必ず出られるかもわからないし、何よりなぜ好きでもない男とキスをしなければならないのか。

「ああ、お子さまには刺激が強いですか?」
「そのお子さまに手を出そうって言うなら、あなたロリコン呼ばわりされるわね」

子ども扱いは腹もたつが、何度と言われていたし、何よりそんな軽々しく行えることでもないはず。

「……本当にああ言えばこういう、面倒くさい人ですね、あなた」
「面倒くさくて構わないわよ。そもそもそんな軽々しくすることではないじゃない」
「そうですか」

円の気配が動いて、影が指して。
ちゅ、っと額に何かが押しつけられる。
数秒の後にそれが円の唇だと気づいて怒声をあげかけた瞬間、ヒラリと新たに紙が降ってきた。

『唇にしてください』

ビリッと怒りに任せて引きちぎると、眉をつり上げ円を見る。

「勝手に触れないで」
「言いましたよね。ぼくも暇でないんです」
「だからって許可なくすることでないでしょ?」
「だったらあなた、聞けば許可くれるんですか?」

指摘にぐっと言葉を飲むと、円がいっそう近づいてくる。

「ちょっと……!」
「教えてくださいよ。キスしたいと言えば許可してくれるんですか」
「…………っ」

今にも触れそうな距離で問われては、顔を背けることさえ出来ない。
弱視だからといって何故にこんなにも近づくのか、喉が引きつく。ーーと。
ピー。ガチャン。
解除音と思われるものの後に忙しなく鷹斗が飛び込んでくる。

「撫子、大丈夫だった?」
「え、ええ」
「円も一緒だったんだね」
「この人の散歩に付き合わされてたんです。もう行っていいですか」
「うん。ありがとう」

鷹斗と会話を済ませるととっとと出ていく円を見送って、ソッと額に手を伸ばす。

「撫子?」
「……なんでもないわ」

額が、熱い。

20201121
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