ファーコート

円撫15

「前から思っていたんだけど……円の趣味って変わってるのね」
「は? なんです、藪からぼうに。失礼な人ですね、あなた」
「だって、どうみてもまともな職業の人に見えないもの」

まだこの世界につれてこられる前に、学校で「神賀先生の知り合い」として初めて会った時も思った感想をそのまま本人にぶつけると、押し黙られてしまった。
けれども撫子が不思議に思うのは当然で、彼女が知る「英円」ならば決してこうした服は着なかっただろう。
同じだけれど異なる彼らだから比べるのもどうかと思うが、やはり気にはなってしまっていた。

「……本当に失礼な人ですね。僕がどれだけ真面目に働いていたか、あなたも知っていますよね? それに服の好みは個々それぞれじゃないですか? ああ、もしかして彼氏を自分の好みに仕立てたい願望があるんですか? それは気づきませんでした」
「そんな願望ないわよ。ただ堅気の人には見えないから気になっただけで」

撫子の指摘に、改めて己を見返した円が自嘲する。

「――【ビショップ】にはこれで良かったんですよ」

その言葉の裏に隠れているのは、英円の服の好みではなく、政府のビショップとしてのものだということ。

「まともな神経であんなところにいれるわけがないでしょう。だからこれで良かったんですよ」
「……ごめんなさい。無神経だったわ」

円として居たくなかったのだと、そう分かって撫子は自身の失言を恥じる。
そもそも円が政府に身を置いていたのは、この世界の撫子を事故に合わせた責任を鷹斗に問われ、脅されたからで、決して本人の意思ではなかったのだ。
落ち込むとはぁと息を吐き出した円に肩を抱き寄せられる。

「何落ち込んでるんですか。別に僕は何も気にしてませんよ。それより色々言ってましたが、あなたこの服意外と気に入ってますよね?」
「そんなこと……」
「これで包むと気持ち良さそうですけど」

ファーコートを摘まんで意地悪く笑う円に、撫子は口をつぐむと顔を背ける。
それはファーコートの感触がいいからではなく、ファーコートの内側に包み込まれて円の温もりを感じて落ち着くだけなのだが、そんなこと言えるわけなかった。

「図星ということでいいんですね?」
「違うけどそれでいいわよ」
「何ですかそれ」
「だから、ファーが気持ちいいでいいわよって言ったの」
「違うって言いましたよね。何が違うんですか」
「だからそうだって言ってるじゃない」

聞き逃してくれない円に、けれども素直に答えたくない撫子が頑なに答えを拒むと、より強く抱き寄せられる。

「ちょっと、円……っ」
「教えてくださいよ。あなたのこと、もっと知りたいんです」

乞う言葉の真剣さに、けれども答えられない撫子はいつものように他愛ない喧嘩に発展してしまい、帰ってきた央に呆れられたのだった。

20200425
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