積み重ねていく日々

円撫14

「円、誕生日おめでとう!」
「……ありがとうございます」

カシャン!とグラスを合わせると同時の言祝ぎに、そぐわない低めのテンションで感謝を述べる円。

「どうした円。フレンチ料理は好みではなかったか? やはり日本人たるもの和食にするべきだったか……すまぬ円」
「ちげえだろ。そもそもこの年になって誕生日会もねえって話だろうが」
「なに? 誕生日会には年齢制限があるのか? そのような話は聞いたことがなかったが……」
「だから、そういうことじゃねえ!」

相変わらず天然な発言の終夜に寅が突っ込む図に、鷹斗が苦笑しながらまあまあと取り成す。

「円の言い分もわかるけど、友達の誕生日を祝いたいと思うのはいくつになっても自然なことだよね?」
「それはお互い相手がいない時までじゃないですかね」

言外に撫子と二人の時間を邪魔するなと訴える円に、まあまあと央が苦笑する。

「なかなか皆で集まれる機会もないんだし、夜は邪魔しないからさ。せっかくの好意を無にするのはどうかとお兄ちゃんは思うよ?」
「…………わかりました」

不承不承とわかる態度ではあるが引いてくれた円にホッとして、撫子は蝋燭を飾ったケーキをテーブルに運ぶ。

「……ちょっと撫子さん。まさかこの蝋燭を吹き消せなんて言いませんよね?」
「円の誕生日ケーキなんだから当たり前じゃない」
「あなた、ぼくが幾つだか分かってます? そんな子どもじみた真似はごめんですよ」
「では私が代わろう。円、ウィッグを頼む」
「……は?」
「おぬしに代わって吹き消すのだ。まずは形から入るのが定石だろう?」
「まさかとは思いますが、ぼくの真似をしようなんて――」
「うむ。その通りだ」
「却下です。なんですか、そのふざけた提案は」
「ふざけてなどおらぬぞ。私は気が乗らぬそなたに代わってだな……」
「あーハイハイ、なら皆で吹き消すのはどう? お祝いらしくていいんじゃないかな」
「なんで二十歳も過ぎた野郎共が雁首揃えて仲良く蝋燭吹き消さなきゃなんねえんだよ。俺はパス」
「俺もそれは勘弁してくれ」

央の提案に寅之助と理一郎が渋るのを見て、撫子が眉を下げる。こうしている間にも蝋燭はどんどん短くなり、このままでは燃え尽きてしまいそうだった。

「皆、このままじゃせっかく撫子が作ったケーキが台無しになってしまうよ。それは円も本意じゃないよね?」
「おお、それはすまなんだ。やはりここは私が吹き消すのが……」
「じゃあ、せーので一斉に吹き消そうか? せーの!」

渋る面々の同意を得ぬまま、なし崩しに事を進める鷹斗に急かされる形で吹き消された蝋燭は煙を燻らせて、「おめでとう!」と上がった声に円がありがとうございますと小さく呟く。

「じゃあ、早速切り分けようか。りったん、そこのお皿取ってくれる?」
「……いい加減その呼び方改めないか?」
「えー? りったんはりったんでしょ? あ、チョコプレートは誕生日の円にだから、りったんにはイチゴを……」
「俺はいい。撫子にやれ」
「撫子はイチゴが好きなのか? どれ、私の分も……」
「こんなにいっぱいはいいわよ。終夜が食べて」

ケーキ一つでこれだけ騒がしいメンバーを見ながら、それでもこの時間を楽しんでいる自分に気づいて口元に笑みが浮かぶ。
子どもの頃はただ兄といられれば良かった。それが自身の存在を家族に受け入れてもらえる唯一の方法だと、そう思っていた。
それが課題を通して集められたメンバーと出会い、交流していくなかで自分を央の弟としてでなく見つめてくれる存在を得て変わった思い。
円が円個人であっても受け入れてもらえるのだと、そう彼等は教えてくれた。かけがえのない絆ーーそれは確かに自分と彼等に結ばれていた。

「円、どう?」
「央の足下にも及びませんが、まあ及第点はもらえるんじゃないですか」
「それ、誉められてるのかしら?」
「まったく円は素直じゃないよね。本当は僕の作るものよりずっと嬉しいくせに」
「それは央の独断と偏見です。世界一のパティシエが何言ってるんですか」
「あーはいはい。まだ世界一にはなれてないから。頑張りますけどね」
「央がなれないわけがありません」
「おーおー久しぶりに聞いたわ、お前の兄絶賛」

相変わらず兄を崇拝している様を寅が茶化せばギラリと円が臨戦態勢に入って、こらこらと鷹斗と央が仲裁に入る。
そんないつも通りの賑わいに撫子も目を細める。社会人になっても途絶えることのないこの関係が愛しくて、撫子にとっても大切なものだった。

「何を他人事のような顔をしてるんですか。ほら、早くしてくださいよ」
「このフォークは何かしら?」
「今日は僕の誕生日なんでしょう? だったら彼女手ずから食べさせるのが道理じゃないですか」
「そんな道理聞いたことないわよ」
「……それは二人きりの時にやってくれ」
「ではそろそろ僕らは抜けていいですよね? 皆の時間は存分に堪能しました」

サッと撫子の手を取り立ち上がる円に、仕方ないかと肩をすくめる面々。何だかんだと言いつつ付き合う律儀さもわかっているから、素直に二人を見送ると、「さっさと結婚しろよな」と誰ともなくこぼれた呟きに苦笑しながら同意するのだった。



「ちょ……円」
「何ですか。ちょっと、暴れないでくださいよ」
「だったら放して」
「嫌です」

二人きりになった途端、抱きしめてきた円が腕を緩めることはなく、始めはされるがままだった撫子もさすがにこのままでいるのは窮屈だと訴える。

「ようやく二人きりになったんです。恋人を独占したい彼氏の気持ちも理解してくださいよ」
「円だって皆がお祝いしてくれたの嬉しかったでしょ?」
「この年にもなって誕生日会なんてないと思いますが」

相変わらず素直でない円が内心では喜んでいたことなんて長い付き合いの撫子にはお見通しで、ため息を飲み込むと彼を見る。

「改めてお誕生日おめでとう、円。今年もお祝い出来て良かったわ」
「ありがとうございます。ということでこの後の時間はすべてもらいますので文句ありませんね」
「どうしてそういう言い方になるのよ」

素直に一緒に過ごしたいと言わないのが円らしく、今度こそため息をそのまま吐き出すと肩に手を置き、軽くキスをする。

「……明日は休みなの。だから泊まっていくわ」
「プレゼントは私、ですか? 意外とベタなんですね、撫子さん」
「プレゼントは別にあるわよ。ただいつも円は『時間』を求めるでしょ?」
「…………」

そう。物理的なものより円が求めるのは撫子との時間。だからそれを叶えようとスケジュールを調整していた。
一番の問題である父も、正式に婚約が決まったこと、そして母の協力もあって渋々ながら外泊を認めてくれたのだ。

「共にしてきた時間というのも厄介ですね」
「私は子どもの頃から知れて嬉しいわよ」

内を読まれるのが面白くないのだろう言葉に重ねれば、再び黙りこんだ円につい笑みをこぼすとくるりと視界が変わって。
映る天井に胸を押すも「くれるんですよね? あなたの時間」と微笑まれて。
その艶然とした笑みにシャワーを浴びたいと言うことさえ出来ずに、あっという間に艶めいた時間へと変えられたのだった。

2020誕生日創作
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