幸せは君という名を持っている

景市10

ふと目を覚ました白石は、隣の気配に視線を向けると、そこで眠る存在に顔を緩める。
いつからか、こうして当たり前に市香と同じベッドで眠るようになった。
始めは緊張と他者の気配が身近にあることに慣れず、何度と目を覚ましていた白石だったが、今ではこうして安心して眠れるようになった。
それは市香も同様のようで、すうすうと多少の振動にもまったく目を覚まさずに眠り続けるのが嬉しくて幸せで、ずっと眺めていたいと思う。

自分のようなものが市香の傍にいていいのかと、何度となく自問した。
でもその度に、私があなたの傍にいたいんですと市香が言ってくれたから、それからは自分を卑下することをやめた。
誰が何と言おうと、白石にとって市香は手放せない大切な存在だから。
だから彼女の傍にいるためならどんな努力もしようと思えた。

必要性を感じなかった料理も、市香が喜んでくれると思えばするようになったし、作ったものを美味しそうに食べてくれる姿に、彼女が料理を好む理由もわかるようになった。
何が面白いのかわからないバラエティー番組も、市香が丁寧に教えてくれるから一緒に観るのも嫌じゃなくなった。
そうして一つ一つ、市香によって変わっていくことが楽しくて嬉しい。
幸せは彼女と共にあるのだと、そう実感する毎日がとても尊くて愛しかった。

「ありがとう、市香ちゃん。俺にこんなに幸せをくれて……」

彼女の傍にいることのみならず、その身に触れることも、家族になることも許してくれた。
自分をコントロールできなくなるぐらい彼女が欲しいと突き動かす衝動は、動物的で自分自身信じられずに戸惑ったが、それが人間であり、市香を大切に思う故だと彼女に教えられてからは素直に身を委ねるようになった。
好きで好きで、大好きで……愛しい。
市香を思う気持ちの大半はそんなやわらかで幸せなものなのに、乱れた吐息や甘く潤んだ瞳……それらに理性を焼き尽くせられた瞬間の衝動は動物でしかなく、人間もそうだと詰め込んだ知識は免罪符を与えるけど常にコントロールする術を叩きこまれてきた白石にはとにかく驚くもので、恐怖さえ感じた。
けれども好きですと、そう微笑み包みこんでくれる市香のぬくもりが幸せで、二人溶け合う瞬間はこの上なく大切なものだった。

爆ぜて理性が戻ってくると戸惑ってしまう白石に、大丈夫ですよと微笑みかけてくれる市香。
やわらかくて、あたたかくて、陽だまりのような心地よさに身を浸すと、涙が出るほど幸せでありがとうと口をつくのは常だった。
溢れる愛しさに従って彼女の額にキスを落とすと、隣に戻ってそっとその身を抱き寄せる。

「大好きだよ……ありがとう」

呟くと幸せなぬくもりに目を閉じた。

10周年企画
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