温もり

景市1

規則正しく聞こえてくる寝息。
それが自分の隣からであることがひどく不思議で、同じベッドで眠る彼女をずっと見つめていた。

X-Day事件の真相に触れて惑い揺れていた市香を自分の家に連れてきたのは白石自身。
疲れをとるのに有効な手段は、身体的な疲労回復にはお風呂につかること、精神的回復には好きな食べ物を口にすること。
そのデータをもとに実行したのは、相手が市香だからだった。

始めは命令で近づいただけだった。
彼女にとってかけがえのない存在になること――その指令通りにこなしているだけだった。

それが……いつしか変わっていた。
いつもの自分でいられない不安よりも、彼女と共にいたい想い。
それが勝った時には諦めにも似た、けれどもひどく心地良くて、これが幸せなのだと受け入れていた。

(幸せ……か)

自分の隣に温もりを委ねる誰かがあるなんて、想像したこともなかった。
自分はただの駒で、歯車の一つ。
壊れれば替えのきく存在。
なのに彼女は白石を求めて探し、駆け寄ってきた。

「…ん……」

寝返りをうった市香に薫るのは、自分が使っているシャンプー。
自分のスウェットを身につけ、自分の家のシャンプーの香りを纏い、目の前で眠っている。
そのことがひどく不思議で……嬉しくて、頬が緩むのを感じた。
伸ばした指は、わずかに躊躇った後、ベッドに広がる髪を絡める。
それだけで胸があたたかくなって、市香を抱きしめたい衝動にかられた。

(どうして君はこんなにあたたかいんだろう)

触れてるわけじゃない。
ただ隣で眠っているだけなのに、その温もりが伝わってくるようにあたたかくて泣きたくなる。
誰かが傍にいることを嬉しいと思うなんて想像もしなかったなと考えて、違うと心でかぶりを振る。
誰かではなく、市香だから。
今傍にいるのが彼女だから嬉しいのだ。

そんな白石に現実を突きつける鈍色の首輪。
終わりはやってくると知っている。
叶わない願いがあることはどうしようもないくらい知っている。
それでも、今この時が嘘ではないから。
絡めていた髪を解くと、手を口元に寄せる。

失いたくない。
奪われたくない。
宿った願いを胸に刻んで市香を見る。

「―――――……」

音にできない言葉を唇でかたどると、胸の痛みさえも愛しくて。
ほのかに伝わる温もりに眠りに誘われるまでずっと、彼女の寝顔を見つめていた。

20180121
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