ヘルは綺麗だ。
艶やかな青の髪は貴族のように手入れなどしていないのに、滑らかで思わず触れたくなるし、澄んだ海のような瞳は少し気が強くはあるが、しっかりと自分の意志をもった彼女らしくて目が離せなくなる。
なのに彼女は自分の美しさをまるで理解していない。
それが学生の頃の僕のせいだと分かって、ひどく悔やんだ。
思春期特有のこじらせだったが、そんなの言い訳にもならないだろう。
おかげでいくら綺麗だと褒めても、お世辞としか受け取らないのだから。
「はぁ……」
「なんだ珍しいなアルウェス君。ナナリーと何かあったか?」
僕が落ち込むこととヘルとがすぐに結びつくのは癪だが、サタナースとも付き合いが長いのだから仕方ないのだろう。
「ヘルが綺麗だって言っても信じてくれなくて」
「ぶほっ!」
「まあ、魔導所でお世辞だと思って誘いを聞き流すのはいいんだけどね。恋人の言葉も流されるってどうなんだろう」
自分にしてはあけすけなのは、程よく酔いがまわっているからか。
普段なら酔うような飲み方はしないのだけれど、相手がサタナースで彼の家ならいいかと思ったのと、少しばかり鬱憤を晴らしたかったのもあった。
「まあ、ナナリーだからな。特にアルウェス君じゃ対抗意識が先立つだろうし」
「それ、いつまで続くんだろう」
「ずっとだろ」
確信をもったサタナースに、ふぅと重い息を吐く。
ーーーー何年も何十年もよぼよぼの老爺になるまで、ずっと喧嘩でもして、いつのまにか、一緒に歳を取っていくのよ
それは遠い昔のお姉さんの言葉。
そんな関係である自分達に、改めて言葉は魔法だと思う。
老爺になるまでずっと一緒なのはいい。
だけどそこに喧嘩もセットになるのは仕方ないのだろうか。
素直に褒めてもダメ、煽ってもダメ。
結局は対抗意識に燃えられて、ほとんどの言葉はそのままの意味で捉えてもらえないのだから。
「思春期の頃の僕を殴りたい」
「番人に言えば叶うんじゃね?」
「それはなんか違うかな」
過去の自分に当たりたいわけじゃないし、過去の関係を変えたいわけでもない。
ただもう少しヘルへの言い方はあっただろうと八つ当たりたくはある。
「まあ気長にいけばそのうちは信じてくれるだろ」
「もう五年たってるよ」
「あ〜十五年ぐらい?」
あと十年は変わらないらしい。
「とりあえず恋人だって認識させるところからだろ」
「……そうだね」
好きだと言われて、好きだと返して。
それでも彼女の中の僕は、せいぜいメシ友なのだろう。
告白し合って二年。
憎き好敵手からメシ友はステップアップと言えるのか。
奥手な彼女に合わせて、文通からにしたのがよくなかったのだろうか。
しかしあまり迫ると、女誑かしだの不名誉な呼称をされかねないのだから、本当に厄介としか言いようがない。
「甘々カップルが理想なのか?」
「そういうわけじゃないよ」
「だったらいいじゃん」
「…………」
見つめれば睨み返され、抱き寄せれば女誑かしと飛んで逃げられる。
さすがに好きな相手への態度としてどうなんだろう。
殿下への態度の方がいいぐらいだ。
思わず据わった目に、酔ったサタナースがバシバシ背中を叩きながら酒を追加する。
同じ頃、女子組ではベンジャミン達に突っ込まれて、ヘルが慌てふためいていたのを後から知った。