厳かな祈りの歌が響く中、まっすぐに前を見つめる芽衣の横顔に見惚れて、桃介は目をそらすことが出来ないでいた。
お座敷とは違う化粧に彩られた姿は華美すぎず、けれども芽衣の美しさを際立たせるもので、これを施した音二郎に妬心が起きなくもないが、妹分を精一杯祝い、その背を押してくれているのだと思えば文句など言いようもない。
真っ白なドレスに身を包み、隣に立つ彼女はとても美しく、その傍らにあるのが自分であることに心が震える。
今日、この日をどれほど待ち望んだことだろう。
満月の晩に出会い、再会して、幾度の偶然を必然に変え縁を深めて、初めてただ一人の女性を乞うた。
積み重ねてきた過去と引き換えに、桃介と共にあることを彼女が選んでくれた時から、誰よりも愛し、守り、幸せにすると誓った。
だから桃介に続いて神父の宣言に同じく誓いを口にした芽衣の手を取ると、その指先の冷たさに彼女の緊張を知る。
「芽衣さん」
「は、はい」
「あなたには反対されましたが、実はもうひとつの指輪も捨てがたくて持っているんです」
「ええっ!?」
驚愕の浮かんだ顔が桃介の手元を見る。
二人で選んだ指輪は彼女らしく宝石も控えめなシンプルなもので、けれども桃介は大ぶりな宝石がついた華美なものも候補にあげていたからだ。
「やはり今日この日の相手に私を選んでくれたあなたに贈るものは、あちらが良いと思うのですがいかがでしょう?」
「あの、気持ちは嬉しいんですが、あれだと普段使いが無理なので、出来れば最終的に決めた方がいいんですが……」
「そうですか。気が変わったらいつでも言ってください。すぐに買いに行きますので」
「え?」
サッと開いて見せた手元には芽衣の望むシンプルな指輪で、それを手袋を外した左手薬指に通すと、クスリと笑む。
「緊張が解れたようですね」
「もしかして今のは……」
「あちらを、と思ったのは本当ですよ。ただし、渡せるのは後日になりますが」
「いえ、これで十分なので!」
「はは、十分ですか」
桃介の意図に気づいた芽衣がハッと顔を上げたのに微笑むと、ブンブンと勢いよく左右に頭が揺れて、やわらかな笑みがその顔に浮かぶ。
「ではヴェールを上げて誓いのキスを」
神父の指示に繊細なレースで飾られたヴェールに手をかけると、薄布越しだった表情が露になる。
「芽衣さん。一生をかけてあなたを幸せにすると、誰より先にあなたに誓います」
「桃介さん……私も、桃介さんに誓います。二人で幸せになりましょう」
目を潤ませて、それでもしっかりと誓いを口にする芽衣に顔を傾けると、目蓋が伏せられたのを見つめて紅に彩られた唇に重ねる。
芽衣を育て、見守り、愛してきた両親、家族、友人知人、それらすべてに違うことのない誓いをたてる。
ステンドグラスから降り注ぐ光の中で、それが永遠に揺らぐことはないと確信して、彼女と自身の薬指に煌めく指輪を見つめながら、祈りと誓いに満ちた空間で手を重ね合わせた。
20201031