誕生日

桃芽27

この時代にはありえない、鮮明なカラー写真が数枚収められたアルバムをそっとめくる。
これは桃介さんの誕生日に突然チャーリーさんから贈られたもので、中には彼の赤ちゃんの頃から現在までの写真が記録されていた。
その中でもとりわけ目を引いたのが最後の写真。
伸びた髪を後ろに結い、ステンドグラスを背に微笑むその写真は、今より少し年を重ねた桃介さんのように見えて、ありえないはずなのに未来の写真なのだと思えた。
だってくれたのは『あの』チャーリーさんなのだから。

「夢が叶って良かった」

電気のあかりが映えるステンドグラス張りの家を作りたいと考えていたと、アルバムを見ながら教えてくれた桃介さん。
電気を普及させる彼の夢は叶うと、自分がいた時代を見てもわかっていたが、なかなか理解されない現状を知っていたから本当に嬉しくて、アルバムの中で微笑む桃介さんをそっと撫でる。
いつかこの家を建てるような日が来たら、その時は私の手を引いて同じ場所に帰りたいーーと、そう桃介さんは言ってくれた。
いつか来る遠い未来でも一緒にいられるのなら、それはとても幸せなことだと思えた。
だからこそ私はあの運命の日に帰ることなく、彼のそばにいることを選んだのだから。

「私も……」

いつだってそばにいたい。
彼の力になりたい。
けれども多忙な桃介さんとは彼が店を訪れた時しか会うのが難しく、また短い休憩時間ではほんの少ししか話すことも出来なくてもどかしさがあった。
だから本当に同じ家に帰る未来が叶ったらと、そう願ってしまう。

「そうしたら毎年おめでとうって祝えるもの」

今日の営業が終わったのに、プレゼントは私の手の中のまま。
やはり迷わずに研究室を訪ねれば良かったと後悔するも後の祭り。
そもそもサプライズなど狙わずにきちんと約束すれば良かった。
明日こそは朝のうちに届けに行こうと心に決めると、突然襖の向こうから名前を呼ばれた。
それは今、ここにいるはずのない人の声。
けれども彼の声を聞き間違えるはずもなく、慌てて襖を開けるといたのはやはり桃介さんだった。

「こんな時間にすみません。あなたが私を探していたと、そう聞いたものですから」
「あ……」

確かに桃介さんの使いでやって来た松永さんに、今日桃介さんが店に来る予定はないか確認したから、きっと彼から聞いたのだろう。

「あの、桃介さんに渡したいものがあったんです」
「渡したいもの、ですか?」
「はい」

せっかく訪れたチャンスと、慌てて部屋の中に戻ると机の上に置いていた包みを手に取って、桃介さんへ差し出した。

「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。昨年は共に出かける約束をしていたので、つい今年もと勝手に期待していたものですから、待てず押しかけてしまいました」
「ごめんなさい……驚かせようと思って内緒にしていたんです。でも桃介さんが来てくれなかったら、今日お祝いすることが出来なかった。やっぱりちゃんと約束しないとだめだって後悔していたところなんです。だから、来てくれてありがとうございます」

言祝ぎと謝罪を口にすると、ありがとうございますと包みと一緒に手を包まれて、そのぬくもりに萎んでいた気持ちが解れていく。

「祝われることを自分から求めるなど情けない男だと呆れませんか?」
「まさか。私の方こそ忘れてるんじゃって呆れませんでしたか?」
「いいえ。ただ特別だと言ってくれたこの日に私があなたに会いたかったんです」

責めることなく喜んでくれた桃介さんが、ふと室内のアルバムに気がついた。

「あれは私のアルバムですか?」
「はい。あ、よかったら桃介さんも見ます?」

あの時、「それはあなたが持っていてください」と、そう言われてずっとアルバムは私の手元にあった。
そう思い返して提案すると、一瞬の間が空いて、フッと彼の口元に笑みが浮かぶ。

「……それは夜の時間を共に過ごしたいというお誘いだと思って構いませんか?」
「え……!? 夜の時間って……」

思いがけない言葉に自分の口にした内容と意味を考えて、慌てて否定する。

「あ、違います! そういう意味で言ったわけじゃ……っ」
「そうですか。ならば残念ですが今夜はここでお暇します」
「あ……」

帰ってしまうーーそう思った瞬間、伸ばした指先は彼の上着をつまんでしまって、自分の行動に慌てて手を引く。

「そんな顔をしないでください。あなたが思うほど私は我慢強くはないんですよ。こんな時間にあなたの部屋にいたら、欲に負けてあなたを傷つけてしまうかもしれませんから」

わざとあけすけな言葉を口にする桃介さんに、けれども今日一日会いたいと、そう思っていたから名残惜しく、つい上目がちに見つめていると嘆息が聞こえて。

「私があなたの目に弱いと、そうわかっているなら大した策士ですが……嫌われたくはありませんからね。下に降りませんか? 皆もう帰られましたから、お茶をご馳走してもらっても?」
「……!はい!」

桃介さんの提案に大きく頷くと、アルバムを手に部屋を出るーーが。

「これぐらいは許してください」

そう囁きと共に触れた唇は、ほんの少しひんやりとしていた。

20200808
Index Menu