恋を知る

アサプラ6

恋がどんなものか、考えたこともなかった。
だって私はラスボスで、十八歳で死ぬのだと『知っていた』から。
だからそれまでは権威とチート能力を使って、少しでも人のために役立ちたいと、それしか考えてなかった。
婚約者候補を選ぶときだって、彼らが真に婚約者に選ばれることはないと「わかっていた」から、素直に「自分が死ぬまで一緒にいたい人」を選ぶことが出来た。
けれども今は違う。
ラスボスなのに何故かヒロインに攻略されて、また第一王女として過ごす日々が戻って来たのだから。
そして、候補者から実質的な婚約者を選ぶ日が来ると意識すると、どうしたって婚約者候補の反応が気になってしまう。
うっかり口を滑らせてしまって、三人とも本人に候補者であることは知られてしまったし、そのまま候補者でいさせてほしいと希望もあったので嫌がられてはいないのだろう。
いや、もしかしたら王族の婚姻の申し出を断れないだけなのかもしれない。
きっとその可能性の方が大きいだろう。
だとしたらやはり私から彼らを候補から外して選考し直すべきかと考えて、そこで思考が止まってしまう。
だってリストを見たときに、彼ら以外考えられなかった。
一生を共にするならこの人たちがいいと、そう思ったから。

でも私には恋がわからなかった。
前世でも恋することなく死んでしまったし、今世では予知で添い遂げる未来が来ないことを知っていたから考えもしなかった。
王族の結婚は元来政略的な意味合いが強いから、それこそ互いに思いを通わせ合うのは婚約してからだが、一度私がレオンとの婚約を失敗したことを母上たちが心配して、本当に私やティアラが幸せになれることを願って候補者を自身で選ばせてくれるようになったから、リストの中からとはいえ自身の思いを反映できるようになった。
その中で選んだ三人は、私にとって大切な人たち。もちろんアランやエリック、ハリソンやヴァルだって大切だ。
もしリストに載っていたら、彼らだって候補になり得ただろう。
そんな彼らから将来の相手を一人決める。

「どうしよう……」

ステイルは姉思いで優しく、すでにヴェストにも認められるほど優秀で、国内外からも大変女性に人気がある。
アーサーは八年前の誓いを忘れずに、騎士となってからもずっと私を守ってくれて、奪還戦での功績も認められて聖騎士の称号を贈られたとても優秀な騎士だ。
カラム隊長はいつもさりげなく手をさしのべて助けてくれるとても優しい人で、アーサーが憧れるのも分かるほど人の機微に敏く、気高い素晴らしい騎士だ。
三人ともきっと引く手数多な人気だから、いつまでも候補者として縛りつけておくのは申し訳ない。
けれども、即決できる思いが私にはない。
三人とも素敵で、きっと誰を選んでも幸せになれると思えるから。
ため息をつくと、どうしたらいいか考える。候補から婚約者を選ぶ期限も間近に迫っている。
三人とも一生共にいたい人だ。
なら逆にもし彼らが他の人と結婚したらーー?そう考えて、嫌だと、浮かんだ思いはただ一人にだけ。
少し考えただけなのに、想像するのも嫌だと拒絶する自身の思いに愕然とする。
それは初めて……ではなかった。
以前にも冗談だったのだろう、セドリックから高価な指輪を貰って狼狽えていたアーサーに、ステイルがサーシス王国の騎士になるかと問いかけた時に、反射的に「駄目よ、アーサーは私の騎士だもの」と返してしまったことがあった。
アーサーの価値は能力を抜いて騎士としても人としても私にとって遥かに上だとわかっていたのに、それでも彼は私の騎士だと、簡単に転職なんてされたら困ると思った。
ステイルの能力で会いに行けても、馬車で十日以上かかるような地は遠すぎると、どうすれば引き止められるか、とっさに考えたのはそんなことだった。その時からきっと、彼は『特別』な人だったのだ。

「どうしよう……」

先程口にした時とは全く違う感情を伴って、ぎゅっと胸元で手を握り合わせる。一人を決めることに迷っていた時とは違い、明確に示された一人に戸惑ってしまう。
知らない思い。
十九年と、それと同じぐらいの年数の前世の経験を加えても知らなかった恋の感情。
一度その姿を思い浮かべたら、どんどん顔が熱くなって、胸の鼓動も忙しなく波打つ。
痛いぐらいのそれにどうしていいかわからなくて、彼の名を口にしたらますます鼓動が早まってしまう。
まるで病気のようだと思って、ふと言葉がよぎった。
ーー恋の病。
つける薬はないというそれは確かにそうだと、収まることのない激しい鼓動に、一人眠れぬ夜を過ごした。

20210516
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