恋の痛み

アサプラ5

昔はわからなかった。プライド様が誰かと踊ってるのを見て胸が痛むことも、笑顔を向けることに焦れる思いも。
彼女が楽しそうなら、嬉しそうならそれだけで良かったと、そう思っていた。
それだけだったと考えて、そういえば過去に一度だけ今と同じ痛みを感じたことがあったことを思い出した。

あれはプライド様の十六歳の誕生祭でのことだ。代々王族の女性は十六歳の誕生祭で女王から婚約者を伝えられるのだが、それはプライド様も同じだった。
自分とは違う世界の人間で、本当は毎日のように言葉を交わせるような存在じゃなかったんだとわかっていた。女王制であるフリージアの第一王女であるプライド様は嫁ぐわけではなく、婚約者が城に来るだけ。
自分はプライド様の傍に変わらず居られる。

「ありがとうアーサー。これからもよろしくね」

けれどもその考えを肯定するように、そう笑顔で告げられた瞬間に、どうしようもなく胸が痛んだ。
これからもプライド様と居られるんだという想いと……ずっと婚約者と並ぶ彼女を見続けなきゃいけないという事実。
前日にステイルと婚約者について話した時には、漠然ともやもやとした気持ちが渦巻いていた。
あの人が更に遠くの存在になってしまうのが辛いのか、単に寂しいだけなのか。
自分の気持ちもわからず、ただ意識しなければ平常心を保てなかった。

けれどもプライド様の予知でレオン王子とは婚約解消になった。
これでプライド様が誰かと過ごす姿を見なくて済む。そう、きっと思っていた。ーーずっとなんてないのに。
彼女は第一王女でこの国の王位継承者。婚約が解消されたことは異例なことであり、次は間違いがないようにと選考方法を改めたことで本来の婚約年齢より遅れたが、ずっとその隣が空いたままなんてあり得ないのだ。

プライド様の十八歳の誕生祭で再び突きつけられた婚約者の存在に、真っ先に思い浮かべたのはハナズオ連合王国のセドリック王子だった。
その時はズルいと思った。
あれだけ無礼なことをして、泣かせて、料理まで食って、なのにあの人の心も奪うことがズルいと思った。
カラム隊長が婚約者候補の三人のうちの一人だと知った時には、とにかく感情がわからなくなった。
カラム隊長はすごく尊敬している先輩で、婚約者候補としても完璧で、二人が並ぶ姿はすごく絵になっているけど、プライド様はセドリック王弟が好きなんだと思っていたから、一方通行な矢印にすごく複雑だった。
それでも、プライド様が心から笑ってくれているだけで充分幸せだと思った。たとえその隣にあの人が誰を、選んでも。
それなのに、何故今自分はこんなにも焦れているのだろう。

自分が三人の婚約者候補の一人だと知った時は、これで堂々とステイルとカラム隊長以外の相手は阻めるのだと安堵した。
彼女を幸せにしてくれる相手なのかどうかと、近衛騎士として傍にいる時に何度と気を揉んでいたが、自分以外の二人は必ずプライド様を幸せにしてくれるし、重すぎる冠でも一時的な冠でも、その間は間違いなく彼女を守れる資格も傍にいる機会にも恵まれるのだ。

そう、所詮は一時的な冠なのだとわかっていたはず。
なのに今、自分はどうしてこんなにも苦しいのだろう。
婚約者候補はプライド様を誘うことが許されており、またダンスなどでも優先的に手を取られる。
それが与えられた権利であり、プライド様の意思でもあるからだ。
彼女は三人の中から選ぶ権利があり、自分は振り向いてもらえるようにアピールすることは可能。
けれども幼いあの日からずっと自分にとって大恩ある人で、憧れの人で、ずっと守り続けると誓った人で。
自分なんかが、と思うのに苦しいだなんて、なんて矛盾してるんだろう。
どうせなら知ってる人が彼女の隣に立つ人であって欲しいと思った。
ステイルもカラム隊長も、二人とも自分の願いに当てはまる人だ。
なのに何故……そこに自分がいたいと思うのか。
今踊っているのが自分ならいいのにと。
プライド様が笑顔を向けるのが自分であって欲しいと、そう思っていることを自覚して、胸を掻きむしりたくなった。
音楽が終わり、離れていく二人を呆然と見ていると、プライド様が自分の方に歩いてくる。

「アーサー」

反射的に手を差し出すと受け取って、行きましょうと中央へ導かれるのに泣きたくなる。そんな俺の様子にプライド様が目を見開く。
どうしたの? 何かあった?と、心配そうに見上げる姿に笑う。
きっと泣き笑いのような顔なのだろう、ますます心配そうに眉が歪むのをダンスを理由にその身を抱き寄せる。

「ずっと、傍にいます」

繰り返す誓い。
一度も揺らぐことのないそれは、けれども縛るためのものではないから。
見開かれた紫水晶のような瞳に微笑んで、美しい人を華麗に舞わせる。
俺の命は貴方に捧げます。
身も、心も、全て。
自覚した恋心は苦しくて、けれども決して手放せない。
握った手に力が入りすぎないよう気をつけながら、今のこの幸せなひとときを胸に焼き付けた。

20210516
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