ラスボスは恋をして、恋は叶う

アサプラ4

「まだ悩んでいるんですか?」

知らずこぼしていたため息を聞き咎めたステイルに、眉を下げて謝罪を口にする。
以前にも気づかれ、理由を問われて隠すことも出来ずに伝えると、あなたは……と呆れられてしまったのだ。

「だって、ティアラならまだしも私なんか……」
「お姉様はすごく素敵です!」
「あ、ありがとう」
「ティアラは姉を立てたわけじゃないですよ。真実を告げてるんです」
「そうです! お姉様はもっと自信を持ってください!」

そう弟妹に説得されては「そんなことない」と否定することも出来ず、ありがとうとティアラの頭を撫でる。
それでもやっぱり『私なんか』という思いはなかなか変えられずにいると、ステイルがさらに言葉を重ねる。

「ずっとあなたは皆から慕われています。それは第一王女だからではなく、あなただからです」
「そうですよ! カラム隊長だって兄様だって、候補者に選ばれた時に候補から外さないで欲しいって言ってましたよね?」

僕のことは置いておけとステイルが頬を染めるがティアラは譲らず、そんな二人の優しさに胸があたたかくなるーーが。

「僕達は優しさで言っているわけではありません」
「……!」
「何度でも言います。あなたはとても魅力的な女性です」
「そうです! アーサーもずっとずっとお姉様のことが好きだったんですから!」

考えを見抜いたように言葉を重ねるステイルに、ティアラから思わぬ爆弾を投げられ目を見開く。

「アーサーが、昔から?」
「そうです。ずっとお姉様だけでした」

そう断言するティアラに何度と瞳を瞬いて、その意味を咀嚼する。
昔から、アーサーが、私を、好き。
ぼんっ!と音をたてて発熱した私を、二人が微笑ましく見守ってくれるが、とてもじゃないがその顔を見ることが出来ない。
何故ティアラがアーサーの思いを知っているのだろうと考えて、ゲームでも心の機微に敏かったことを思い出してさらに顔が熱くなる。

「お姉様はとっても優しくて綺麗で素敵な方です。だからアーサーはずっとお姉様のことが大好きなんです」
「ありがとう、ティアラ。ステイルも」

私なんかに過剰過ぎる誉め言葉だと思ったが、何度と伝えてくれる二人に謙遜するのも申し訳なく、頬がひきつらないよう気をつけながら受け止める。

「後はアイツから聞いて下さい」
「ええ、そうするわ」
「絶対ですよ」

念押すティアラに約束して、アーサーが来るのを待つ。
正式に婚約者になってからは、騎士団での鍛練を終えると顔を見せに来てくれるので、眠るまでの一時を共に過ごすことが出来た。
だから今日もいつものように待つも、落ち着かずに何度と深呼吸する。

『アーサーもずっとずっとお姉様のことが好きだったんですから!』

脳内でもう何度と再生された昼間のティアラの言葉。
出会ったあの頃に全てを捧げたと、確かにアーサーはそう言ってくれた。
でもそれは騎士としてで、恋とは違う感情だったはず。
ならそれはいつ〝恋〟へと変わったのだろう。

「プライド様」
「は、はい!」

扉の向こうから近衛兵のジャックから声をかけられ上擦った声を返すと、アーサーが来たことを告げられ中に通してもらう。

「お疲れ様。今日もありがとう」
「いえ、俺がプライド様に……会えるのが嬉しいンで」

頬が赤くならないように気をつけながら労うも、思いがけない直球の返しに努力空しく熱くなる。
嘘を言わないアーサーの言葉はいつだって真っ直ぐで、でもさっきまでどうして私をと考えていたので、赤面を避けられなかった。

「……アリガトウ」

片言気味になったのは否めないが、何とかお礼を伝えると、アーサーからも短く返り、沈黙が流れる。

「あの、アーサーに聞きたいことがあるんだけど……」

いいかしら、と上目遣いに問うとアーサーの顔がますます茹でて、目をそらされて、何ですかと促される。
アーサーはどうして私を好きになってくれたのか。
それはいつからなのか。
今日一日ずっと頭の中を巡っていた疑問を口にしよう……として。
なのに唇は震えるだけで言葉を紡いではくれず、バクバクと耳にまで響く鼓動に冷えた指先を掴む。

ステイルもティアラもいっぱい誉めてくれたけど、どうしても自分を好きになってくれる人がいるなんて思えなかった。
だって『この世界』で自分がそうした対象になりうるなんて考えもしなかったから。

『君と一筋の光を』ーーそれは前世でやりこんでいた乙女ゲームで、唐突にこの世界に転生したのだと分かった時は、よりにもよって何故最低最悪の外道ラスボスのプライドなんかにと絶望したものだった。
ゲームのどのルートであろうと必ず主人公と攻略対象者に断罪されて死ぬラスボス……それがプライド・ロイヤル・アイビー。
この世界が『キミヒカ』なのだと分かってからずっと、自分は18歳の時に断罪されるのだと、その運命を受け入れていた。
だって私は最低最悪のラスボス・プライドで、この世界の主役は愛しい妹のティアラ。
それが覆ることのない運命なら、せめてその時までは皆と幸せに過ごしたいと、ゲームの記憶を必死に呼び起こして悲劇を回避させて、少しでも皆が幸せに生きられるようにと願ってきた。
正直に言えば前世と同じ年齢で死ぬのは悲しかったけれど、こうも重なるとそれも運命なのだろうと諦めはついた。
外道ラスボスが倒され、ヒロインがハッピーエンドを迎えるのは当然なのだから。

16歳で婚約者が決まることはすっかり抜け落ちていて、いきなり目の前に攻略対象であるレオンが現れたときにはさすがに驚いたが、彼の本当の願いを知っていたから婚約が破棄になっても驚きはなかった。
だってレオンの第一はアネモネ王国で、好きになるのはティアラ。
ティアラが彼を選ぶのかは分からなかったけれど、自分と彼が婚姻することはないと、淡々と事実として受け止めていた。
ただレオンとの婚約破棄に母上があんなにも心痛めて、新たな婚約者を真剣に選んでくれたときにはすごく申し訳なかった。
だって私は18歳で死ぬのだから、候補者が婚約者に決まる未来はない。
それでも渡されたリストから選んだのは、自分にとって大切な人達だった。
どうせ候補者が明かされることはないけれど、もし私に未来があったならずっと一緒にいたいと思った人達。
彼らの中に特定に思いを寄せる人が居たわけではないが、リストを見たときにこの人とならと、そう思った人を選んだ。
私は18歳で死ぬのだから、3人が正式に婚約者になる未来はない。
それに皆ヒロインであるティアラを愛しているから、彼らが私を受け入れてくれるなんてありえなかったから。

なのに今、私には正式に婚約者がいる。
それも候補者だった3人の1人であるアーサーだ。
確かにティアラはセドリックを選んだから、アーサールートはなくなっていたのだろう。
さらには王族からの求婚とあっては、庶民である彼や騎士団長が断れなかったのも頷けた。

アーサーは騎士として忠誠を誓ってくれていただけで、けれどもあんな酷いことをしてしまってはそれでも婚約者になんて厚かましすぎて私から候補から外すように言うべきだったのだろう。
けれどもそれなら誰をと、改めて考えたときにやっぱりアーサーやステイル達以外を選ぶことは出来なくて、望めるはずもないのに候補者をそのままにしてしまいーーそしてアーサーが正式に婚約者になった。
私が、彼を選んだから。

アーサーを選んだ理由は候補者を選んだときと同じで、ずっと傍に居て欲しかったから。
それも騎士としてではなく、誰よりも近い将来の伴侶として。
それでも彼が受け入れてくれなければきっと私は他の誰かを選んだだろう。
王族の権威で受け入れさせるなんて嫌だったし、アーサーにはずっと幸せでいてほしかったから。

なのに彼が選んだのはティアラではなく私。
それも出会った頃からずっと私を選んでいたと言われ、どうしてと固まってしまった。
何で天使のティアラじゃなく私なの? あの時も、私を一生護りたいと誓ってくれたのが不思議だった。
彼の父を助けたことを感謝してくれていたし、騎士を目指すのなら王族をというのはわかるが、彼は私に誓ってくれたし、それは今も変わらなかった。
ならやはり王族からの求婚を断れなかったのだと思うも、そうではないとキッパリ否定されてしまっていた。

「何度もごめんなさい……。それでもやっぱりわからなくて」

どうしてラスボスの私をアーサーが選んだのか。
婚約が決まってからずっと胸に燻っていた疑問を口にすると、少しの間沈黙が流れる。
これではまるで相手を試すようかと、アーサーの気持ちを信じないと言ってるのと同義ではないかと不安になって言葉を紡ごうとすると、「プライド様」と名を呼ばれて、向けられた蒼い瞳に迸る熱に息を飲む。

「あなたが初めて婚約を発表されたときはもやもやして、でもそれが何でか分からなかったンですけど。 遠くに嫁ぐわけでもないし、俺がずっとあなたの傍に騎士として居られるってそう思っても胸が痛くて」

初めて聞くアーサーの想いにドキドキする。

「ずっと別の誰かと並ぶあなたを見続けなきゃいけねぇんだと気づいたときに、あなたを渡したくない……って思ったんです」

それでも俺が婚約者に選ばれるなんて思いもしなかったンすけど、と照れくさそうに笑うアーサーに、気づけば体ごとその胸に飛び込んでいた。

「私もずっとアーサーが大切で」

私の、大切な人

「ずっとずっと傍に居たくて」

ずっと傍に居て欲しいと願って

「あなたは私だけの騎士で誰にも渡したくなくて」

あなたが願ってくれたからだけじゃなく、私だけの騎士で居て欲しいと

「アーサーに、傍に居て欲しい」

こぼれ落ちた本心に、アーサーを見るのが怖くて固く目をつむる。
私なんて選ぶはずがない。
好きになるはずがない。
それでも私はアーサーが大切で、誰よりも傍に居て欲しくて、誰にも渡したくなくて……彼が好き。
気づいてしまえば覆すことなんて出来なかった。
気づく前でさえ、彼を候補者から外せなかったのに。

「プライド様」

名を呼ぶ声に肩を大きく上下させて、目を開けられずにいると、沈黙に彼が顔を上げるのを待っていることを悟る。
ドキドキと飛び出すくらい激しく騒ぎ立てる心臓が今にも壊れそうで、震えながらそれでも目を開けると、まっすぐな蒼の瞳が向けられていた。

「俺はあなたが好きです」
「……っ」
「あなたが信じられないなら何度でも伝えます」

ガクガクと全身が震えるのを抑えられず、胸の前で握っていた手に力をこめる。
それでも震えを止められなくて、俯こうとしたらホロリと大粒の雫がこぼれ落ちて、後はもう溢れるがままただアーサーを見る。

「私、は……っ」

ラスボスなのに。
アーサーはティアラの攻略対象なのに。
彼が好きになるのはティアラのはずなのに。
この世界は『キミヒカ』で、なのにラスボスの私がティアラに攻略されて、生きていて。
アーサーが私を……好きになってくれた。

ありえない。
嬉しい。
嘘だ。
好きなの。

ラスボスなのに。
ラスボスが幸せになるなんて。

「プライド様が好きです」

パキャン、と。
何かが壊れた音がして、不意に体が温かくなる。
伝わるアーサーのぬくもりが私が今ここに居ることを許してくれるようで、震える両手をその背に伸ばす。

『キミヒカ』のラスボスに未来はない。
憎まれ、排除されるのが悲劇の元凶たる最強外道ラスボスの運命だった。
私の罪だって消えることはない。
たとえアダムに操られていたのだと皆が許してくれても、私は忘れてはいけないし、忘れるつもりもなかった。
どれ程酷いことをしたか、沢山の人を傷つけたか。
それを思えばきっと幸せになる資格なんてないのに、それでも私を好きだとあなたが言ってくれる。
こんな幸せ不相応なのに手放したくなくて、全身を包み込む強い腕に身を委ねて甘受してしまう。

「アーサーが、好きです……っ」

口に出来なかった、してはいけないと思っていた想いを伝えるといっそう強く抱き締められる。
苦しいぐらいの拘束に、けれども嬉しくて幸せで離して欲しくなくて。
もう一度好きだと、その腕の中で伝えた。

20210124
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