ドレス狂想曲

ラス為2

「急にどうしたんだ、ティアラ」

護衛を交代した直後のアーサー共々連れてこられたステイルは、閉じられた扉を背にしながら妹を見る。
突然手を引かれたアーサーも同じく困惑しているようで揃って見つめると、「兄様達にお願いがあるんです」とティアラが胸元で手を組みながら金色の瞳を向けた。

「お願い?」
「今度は何を企んでるんだ?」
「企んでなんかいません! それに、これは兄様達だって悪いんですよ」
「俺達が?」

ティアラの言葉に目を丸くすると、ふんすと頷かれて、告げられた内容に唖然とする。

「お姉様のドレスのことです。お姉様はお綺麗な方ですから、普段の大人っぽいドレスもお似合いですが、他の可愛らしいドレスだってお似合いになるのに!」

けれどもリボンのついたものや淡い色彩の可愛らしいものはティアラこそ相応しいと、首を縦に振ってくれないのだと訴える姿に、プライドを思い浮かべた。
確かに彼女が着るドレスは髪色に合わせて赤のものが多く、またキリッとした顔立ちから華やかで大人っぽいデザインのものが多かった。
だが……と脳裏に浮かんだのは、以前騎士団との祝勝会で着ていた、ティアラと揃いのドレス。
スカートの裾部分には幾重にも気品高いレースが連なり、シックなデザインながら宝石の装飾が可愛らしく、プライドには珍しいとても愛らしいドレスだった。
その普段と異なる装いに、会場中が一瞬で魅了された程だった。

「私がいくら可愛らしいドレスや淡い色彩のものを勧めても、「これはティアラの方が似合うわ」って受け入れてくれないんです」

お姉様だって似合うのに!と頬を膨らませるティアラの姿は小動物のように愛らしいーーが。

「それで何故俺達が悪いんだ?」
「兄様達が照れてきちんと誉めてあげないからです!」

眉を逆八の字に上げられ、うっと言葉に詰まる。

「それは……」
「お姉様が素敵すぎて言葉にならないのは分かっています。それでも、その兄様達の反応がますますお姉様を頑なにしてしまってるんですよ!」

「兄様達だってあの時のようなドレスを着たお姉様をまた見たいでしょう!」と問われてしまえば否とは言えず、考え込んでしまう。
確かにプライドならどんなドレスだって着こなせるだろう。
以前のような愛らしいドレスだってとてもよく似合っていた。
ただ予想外だったために動揺を隠せず、よろけ言葉を詰まらせ、すぐに綺麗だと伝えられなかった。
その事でプライドに自信を失くさせてしまったのなら、確かにティアラに責められても仕方ない。
それに……あの姿のプライドをもう一度見たい。
叶うならば自分が選んだドレスをーーと考えたところでハッとする。

僕は、何をーー!

『女にドレス贈るなんざ脱がせてぇと同義だと、お上品な王族じゃ習わなかったか?』

不意に甦ったヴァルの言葉に、ブンブンと首を振る。
兄様?と不思議そうに声をかけられ、意識をここに戻すと、隣のアーサーが無言であることに気がついた。
見ればその顔は自分と同じく真っ赤で、コイツも同じことを考えたのかと、つられるように顔が赤らむ。
それほどにあの時のプライドは愛らしかった。

「だから兄様もアーサーもしっかりお姉様を誉めて下さいね!」
「それは構わないが……」
「だったら三日後は絶対に立ち会ってくださいね」
「は?」
「三日後?」

何のことだと眉を寄せると、ティアラが「お姉様に着てもらいたいドレスを幾つか選んだ」と、その日にプライド用の新しいドレスが届くのだと教えられる。
三日後なら調整して昼休憩を長めに取ることも可能だろう。
アーサーも調整が必要ならやれと目で訴えると、いまだ視点が定まらないまま小さく頷く。
三日後、新しいドレスの試着に立ち合った二人は揃って顔を赤らめ固まってしまい、ティアラからお叱りを受けてしまうのをまだ知らない。



「だってあんな……反則だろ……っ!」
「ああ。あんな可愛らしい姿を見て、正常でいることなど不可能だ……」

アーサーの言葉に激しく頷きながら思い出すのは、クラシックなレースをあしらった真っ白な上品なドレスを着て頬を赤らめるプライドの姿。
それはまるで花嫁衣装のように神々しく、心奪われるのは一瞬だった。
瞬殺とも言える。
あの瞬間よぎった思いは、親友にも言えはしない。
綺麗で美しく、その上可愛らしい。
そんなプライドを前に落ち着いてなどいられるはずもないと、しっかり脳裏に焼きついた愛らしい姿を何度と脳内で再生させ続けた。

20210114
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