理想の身長差

ラス為1

ティアラを抱きしめ、頭を撫でながら、ふと思い出したことに手が止まる。

「お姉さま?」

どうしたのかと見上げる愛らしい妹に微笑むと、横からも視線を感じて顔を上げた。
すっかり心配性にさせてしまったなと苦笑しながら、ステイルや護衛のアーサーとカラム隊長に大したことではないのと告げても、それならどうしたのですかと問いが重ねられる。

「頭を撫でるのに理想の身長差は15cmと聞いたことがあって」

ああ、と皆の肩から力が抜けて、私と並んだティアラに視線が向く。
私とティアラの身長差は14cm。
ほぼ理想と重なる差にゆるりと撫でると、ティアラが嬉しそうに微笑んだ。

「15cm……」

ずーん、と音がつきそうなぐらい落ち込んだステイルに、アーサーやカラム隊長も何やら眉を寄せてしまって、一気に重くなった場の空気に慌てて首を振る。

「そんなの関係なく、いつだって私はステイルだって撫でて上げたいと思ってるわ?」

そう言葉を重ねても、やっぱりステイルの表情は曇ったままで、どうすればいいかと忙しなく思考を巡らせていると、袖が引かれる。

「他にも何か理想の身長差はあるのですか?」
「え? そうね……確か手を繋いで歩くのも15cmで、抱きしめやすいのは20cmだったかしら」

ティアラはさすが乙女ゲームのヒロインらしく、高身長の多い攻略対象達とは理想の恋人の身長差だった。
かくやラスボスの私はと言えば、ステイルとほぼ変わらないぐらいの高さだ。
やはりラスボスには威圧感が必要なのだろう。

「ほ、他はどうなんですか?」
「ステイル?」

あまりに必死に聞いてくるステイルに、う~んと前世の記憶を必死に思い返す。

「……後はキスしやすい差が13cmだったかしら」
「「「!!」」」

ぼわん!と音を出して男性陣から蒸気が一斉に上がり、思わず立ち上がって彼らを見る。
揃ってその顔は真っ赤に茹で上がり、今にも倒れそうな様に心配になる。

「どうしたの? 大丈夫?」
「いえ、お気になさらず……っ!」
「13cm……」
「キ……ッ、え、や、……は、ぁ……っ!?」

カラム隊長だけはハッと首を振ってくれたけど、アーサーはアワアワと言葉にならず動揺し、ステイルに至っては蹲ってしまって、そんなにもティアラとの差に動揺してしまったのかと申し訳なくなる。

「ならヴァルや騎士団長なら、お姉さまと理想の身長差ですね!」
「「「!!」」」

確かにヴァルは13cmでキスするのに理想の差だし、断トツで高身長の騎士団長は抱きしめるのに理想とされる20cmもクリアしていたので、そうねと頷く。
ーーブワッ!

「ひっ……!?」

突然ふきだした恐ろしい覇気に、思わず傍らのティアラを抱きしめる。
見ればアーサーにカラム隊長まで覇気を立ち上らせていて、何か怒らせるようなことを言ったのかと、慌てて言葉を重ねる。

「その、騎士団長なら身長差の定義に当てはまると思っただけで、馬鹿にする意図はないんです!」

こんな下らない戯れ言に尊敬する騎士団長を並べたことに腹を立てたのかと弁解するも、覇気は一向に収まってはくれず焦る。

「そう言えば母さんも身長は……くっ遺伝か……」
「くそ親父……っ!」
「……牛乳」

ブツブツと各自何やらしばらく呟いた後に元に戻ってくれたが、その日の夜からやたらと牛乳を飲む三人の姿が見られた。

20210105
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