恋に踊る

ロクナナ9

部屋に戻り、先程受け取った郵便物の中から見慣れた封筒を選んで抜くと、差出人を確認する。
ーーナナリー・ヘル。
几帳面な彼女らしい文字に口元が自然と緩むのを自覚しながら、ペーパーナイフで丁寧に封を開ける。
彼女とこうして文通をするようになって数ヶ月。
理由は不自然に視線を合わせないようにそらされてしまうことと、ハーレで声をかけると他の職員に冷やかされるようで、ナナリーが眉をしかめることが多かったからだった。
しかし互いに忙しい身で職場外で連絡を取ると言うのも難しく、それならと手紙を送ったところ、意外にも彼女の反応が良かったため、主な交流手段として選んだのだった。

「ふふ、ようやく気づいたのか」

文面から彼女の悔しがる顔が思い浮かんで笑みをこぼす。
ズボラな彼女がまめに手紙を書くとは思わなかったので、それとなく返事を書くように仕向けていたのだが、ようやくその事に気づいたらしい。

『毎回質問しないで!』

文末に書かれたその一文に、けれども前回の質問への返信もきちんと書かれているのだから、本当に律儀だと苦笑する。

王の島で開かれた祝宴で、彼女から好きだと言われたときにはとにかく驚いて、頭が真っ白になった。
だってヘルが僕を好きになるなんてあるはずもないと、想像すらしたことがなかったから。
お世辞にも彼女との仲は良好とは言えなかったし、理由があったにせよそう仕向けたのは自分の行動だったから、彼女から嫌われこそすれ好かれるなどあり得ないことだった。
だから彼女から思いを向けられれば、もう自身の心を誤魔化すことなど不可能でーー偽りたくもなくて。
けれども彼女が恋愛事に不慣れで、初めての感情に戸惑っていることは分かっていたから、焦らずに関係を進めることにした。
ただ、彼女のペースにあわせすぎてしまえば、それこそ老爺になるまで待っても進むのかも怪しいので、そこは加減しながら誘導していた。
文通もその一つだったのだが、ばれてしまったなら他も考えなくてはならないだろう。
この返信でもわかるように、出かける約束さえすんなりとは進まないのだから。

「本当に僕を振り回すことが出来るのなんて君ぐらいなんだよ」

彼女の負けず嫌いな性格にかこつけて勝負を持ちかけて食事を一緒にしているが、それをデートだとはとても呼べはしないだろう。
けれども素直に誘ってみても、こうして唐突すぎて勘弁してくれなんて返ってくるのだ。
本当に一筋縄でいかなすぎて笑ってしまう。
それでも、面倒だなんて思わないのだから恋とは不思議だ。
昔から彼女に対しての労力は惜しもうとも思わなかったのだから。
まずは断られた誘いを受けてもらうにはどうすればいいか考える。
それにカーロラの結婚式のパートナーもとなれば、ますますヘルの動揺する姿が目に浮かぶが、彼女以外考える気になれないなら受け入れてもらうしかないだろう。

婚姻の自由を得て彼女の思いも向いた今なら、ヘルを望むことは可能だろうが、褒賞として彼女が望んだのは、平民として変わらないことだった。
王族が婿入りするという異例な出来事を認めさせた父なら、平民となることもあるいは認めてくれるかもしれないが、きっとそれを彼女は望まないだろう。
誰かを犠牲にするなら自身を差し出す君だから。
王族や貴族の煩わしいものに無理に関わらせたくはないが、どうしたって彼女とこの先の未来を共にと望むなら、避けては通れないものだ。
彼女の望みを歪めてしまうのは申し訳ないが、もう偽らないと定めた思いはどうしたって彼女を求めるから、せめて彼女がその変化を受け入れてくれるようにいくらでも心を尽くすつもりだ。

「とりあえずは返事かな」

引き出しから彼女専用の水色の封筒を取って宛名を書く。
ナナリー・ヘルと、綴られた名だけで頬が緩むこの感情がとても愛しい。
こちらこそ勘弁してください、と素直な気持ちを書いて封をする。
開封されるのは十日後かな、と笑いながら翌朝ロウに手紙を託した。

20210202
Index Menu