続・言葉よりも雄弁な

ロクナナ4

「ちゅーだって誰かとしちゃってるかもね」

そんなキャンベルの忠告に、そういうことになっている可能性も否定できないと、そう思った。
ロックマンが自分以外の誰かに口付ける姿を想像しかけて、浮かんできたのは明確な拒絶。
それは嫌だと思った。
ついでにそうされるのが自分だったらと、そんなことまで思ってしまったのだ。
そんな想像を自分がしたことが気持ち悪くて死ぬと思った。

今まで誰かに恋したことなんてなかった。
学生の頃はとにかくロックマンに勝って一位になりたい、ハーレの受付嬢になるんだと、それしか頭になかったし、就職してからも今度は破魔士のカウンターを担当するんだと、常に何かに闘志を燃やしていた。
卒業して縁がなくなると思っていたロックマンとも、何かにつれ会うことが多く、学生の頃と変わりないやり取りも幾度と交わしていたから、自分があいつにこんな思いを抱くなんて思いもしなかった。
それに恋を自覚しても、まさか両思いなんて想定してなかったからどうしていいかわからず、今に至っていた。
あいつもあいつで両思いになったからといっていきなり馴れ馴れしくなるわけでもなく、以前と変わらぬ態度なので、どう対応すればいいか目下模索中だった。
そんなロックマンと口付け。
ハードルが高い。
山並みに高すぎる。

そんなことを考え続けていたから、ハーレにやって来たロックマンの口元についつい目がいってしまった。
それも無意識でガン見していたらしい。
仕事のやり取りを終えて私の方に来たあいつにそれを指摘されて、穴があったら入りたいと壮絶に思った。
なのに何故か今、私はあいつと食事をしている。
確か、何か勝負を吹っ掛けられて一も二もなく買ってやったんだったか。
けれども冷静になればなるほどロックマンの顔を見れなくて、せっかくの美味しいご飯もまるで味がわからない。
ただ意地でご飯をかっこんでいると、口端についてるよ、といつぞやのように指で拭われ固まってしまった。
口を意識させられて、スローモーションのように視線がロックマンの口元に吸い寄せられる。
口付けーー。

「うわあぁ! 私の変態!」
「いきなりどうしたの。今日はずっとそんな感じだよね。何かあった?」

訝しげに顰められた形よい眉に、けれども理由なんて告げられるはずはなくて、一人悶えるしかない。
なのに気づけばやっぱり視線は口元にいっていて、つくづく自分は変態なのだと落ち込んだ。

「僕にもついてる?」
「つ、ついてない」
「そう? ずっと見てるからついてるのかと思ったんだけど」
「見てない」

もう子どもみたいな見え透いた嘘だが、どうしても本当のことは話せないのだから、嘘を貫き通すしかない。
なのにじっとこっちを見つめる赤い瞳は、嘘を見抜くかのように真っ直ぐで、つい視線をそらしてしまう。

「ねえ」
「何よ」
「もしかしてこの前の質問と同じ?」
「……!」

どうしてこいつはこうも勘がいいのか。
誰かと口付けの予定はありますか?ーーそう問うたことをしっかり覚えてるらしい。

(忘れていればいいものを……っ)

完全に八つ当たりだが、何故気づくのかと腹立たしい。
こうなれば意地でも認めないと、頑なに視線をそらし続けると、そろそろ出ようかと促されて立ち上がる。
いつまでも昼休憩をしているわけにもいかないから、さっさと会計してロックマンと別れよう。
そう思い、財布を出すもすでにあいつが二人分支払っていて、仕方なしに「これ私の分」とお金を差し出すも受け取ろうとしない。
前にも食事に行った時にやはり二人分の会計をされて、おごられるいわれはないと財布からお金を取り出すも、先の勝負を持ち出されて結局負けたからと言うことをきかせられた。

「ちょっと受け取りなさいよ。私だってちゃんと働いてるんだから自分で出せるわよ」
「なんで僕をみつめていたのか、答えてくれるなら受け取るよ」
「ぐ……っ」

痛いところを的確についてくる。
奢られるのも癪だし、答えるのも恥ずかしい。
どっちにしても苦痛しかない選択に、ぎりぎりと歯を擦り合わせていると、タイムリミットと呟きが聞こえた。

「そろそろ戻らないと君も僕もまずいよね」
「そうね」
「答える気になった?」
「なんでアンタに言わなきゃいけないのよ」

答える気はないと顔をそらし続けると気配が近づいて、耳元に唇が寄せられる。

「ーー予定を君がたてる?」
「……はあっ!?」
「僕はいつでも構わないよ」

言葉の意味を理解するのと同時に顔が真っ赤に染まって、そんな私をロックマンが楽しげに見下ろす。

「じゃあね、また」
「ちょっと、お金!」
「答えなかった君の負け」

ヒラヒラと手を振って去っていく姿に、けれども追いかける時間もなく、仕方なしにハーレへ足を向ける。
予定ーー予定?

「いやあぁっ!」

予定なんかたてられるわけないじゃない!
そう心の中で叫んで、負けと言う言葉がぐるぐると頭の中を巡る。
午後の仕事中もこの事が頭から離れなくて、「ナナリー、あなたどうしたの?」とゾゾさんに訝しがられても答えられなかった。

20201128
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