花神祭の日は、両親がまだ海の国から戻っていなかったので、一人でぶらぶらした。
ロックマンは仕事だと昨年聞いていたから声はかけなかったし、そもそも花神祭で勝負もないだろうと思っていたからだ。
けれども何故か今年もばったり出会い、ちょっと来てと手を引かれて、胸に飾られていたキュピレットの花を渡された。
「いいわよ、これは王から騎士へのお気遣いなんでしょ?」
騎士に毎年一輪ずつ用意されるというそれは、仕事で大切な人と過ごすことが出来ない彼らがわずかな間でも会えた時に渡せるようにという王の気遣いらしい。
「だから君にあげる」
「今年は何も見られてないから、詫びはいらないわよ」
昨年は囮作戦で魔法をかけられた際に、マリスにあげようと首飾りに入れていたキュピレットの花が枯れてしまったので、その詫びにともらったのだ。
それを思い出して首を振るとため息をつかれて、呆れた視線にムッとする。
「何よ」
「いいから」
「ちょっと……!」
ぐいっと押し付けられ、花が傷むと強く押し返すことも出来ずにいると、買い物した時に髪に飾られた花を取られ、キュピレットがあった胸元に代わりのように収められた。
「来年は君からも貰えると嬉しいんだけど」
「はあ……?」
「じゃあね」
ひらりと緩く手を振って背を向けた男の姿が見えなくなるまで、ついその場に呆けて立ち尽くしてしまった。
その後、家に帰ってとりあえずコップに水を入れてキュピレットを飾ったが、ぐるぐる先程のロックマンの言葉が頭を巡る。
「あいつ、私からキュピレットの花を貰いたかったわけ?」
花神祭の日には、花渡しという男女が花を贈り合う風習があるが、それは意中の相手や結婚相手にするものだ。
よもや今日、自分はロックマンと花渡しをしたのだろうか?
花渡しに決まった花はないが、定番はキュピレットだ。
地の魔法使いでも咲かせることが出来ないことから、より特別に思えるのだろう。
しかも王から賜ったキュピレット。
対して自分といえば、お店の人からもらった花。
「……また負けたー!」
花渡しをしたという事実より、花の種類での勝手な勝負という残念さには気づかなかった。
なおこの時のキュピレットは、枯れる前に押し花にして栞にした。
ヤックリンさんからもらった時は、普通に枯れるまで飾っていただけなのに。
何故か残しておきたいと思ったこの時の自分の判断を後に悔やんだ。
たまたま部屋を訪れたあいつが本を手に取った際に見られて、微笑まれたのが何故か悔しかったからだ。
花神祭から一月後。
勝負を挑まれて兎鳥の店に行った。
美味しかったが食べ比べていたら、勝負はいつの間にかうやむやになっていた。
そしてまた会計に出遅れた。
人が化粧室に立っている隙をつくなどズルいだろう。
次にあいつと出かけた時には、会計が済むまで化粧室には行かないと決めた。
そうした翌日、魔導所に行くと誕生日デートは楽しかったか聞かれ、自分の誕生日だったことに気がついた。
今年は両親が海の国からまだ戻らず、いつも届くバースデーカードがなかったから、すっかり忘れていた。
そしてさらに遅れて気づく。
ロックマンの誕生日は、自分よりも一月も前だったこと。
言祝ぎはなかったが、好物の兎鳥をご馳走になったというのに、あいつの時には会うことさえしなかったのだ。
きっとロックマンのことだ、昨日の誕生日の勝負は建前だったのだろう。
こんなところでも負けるのかと、いつになく落ち込んだ。
そして次こそは絶対に忘れないぞと迎えた二年目の花の季節二月目。
あいつが何が好きか分からず聞いたところ、私の料理をまた食べたいと言われ、レストランの予約は候補から外して、誕生日当日は家族で祝うだろうと、前日に寮の自室に招いた。
昨年のリベンジに何か凝ったものをと、数ヶ月前からきりつめて貯めた予算を使いきるつもりで挑もうとしたが、以前ペストクライブに巻き込まれた際に成り行きで食べさせたメニューを指定されたために、せめてもとケーキだけは有名店のものを買った。
下拵えしておいたものを調理する間、椅子に座ったあいつはまた断りをいれて置いてあった本を手に取り見ていた。
昨年と今年と、ロックマンからもらったキュピレットは二年とも押し花にして栞として使っている。
それをロックマンが愛しげに見つめていたことには気づかなかった。
ちなみに今年の花神祭は、きちんとキュピレットを用意した。
渡した後は全力で逃げたため、あいつから受け取ったのは翌日だった。
「いただきます」
綺麗にカトラリーを使う姿に知らず見惚れて、慌ててスープをすくう。
パンとスープとサラダ。
ヘルシーと言えば聞こえはいいが、節約で肉は控えめにしか入ってなく、身体が資本の騎士がこのメニューで果たして足りるのだろうかと心配になる。
「その……おかわりいる?」
「ありがとう。お願いするよ」
差し出された皿を受け取り、鍋の中の肉を全て集めて出来るだけ具沢山にして、パンも残っているものを全て盛りつけた。
せめてもと自家製ジャムも添えれば、これ美味しいねと微笑まれて、暴れだした鼓動に最近とみに感じる心不全かと胸を押さえた。
食後のお茶と共に、唯一誕生日感のあるケーキを目の前に置くと、「これ○○のケーキだよね」とすぐに店名を当てられた。
本当ならワンホールで買うべきだろうが、なかなかにいいお値段なために泣く泣くカットされたものにした。
「ありがとう。無理させてごめん」
「無理じゃないし! 私だって働いてるんだからね!」
「うん、ありがとう。来月は期待していて」
来月の私の誕生日を祝ってくれるらしい言葉に、口元がむず痒さに歪む。
それを誤魔化すように自分のケーキを口に運んだ。
空離れ一月目。
私の誕生日。
ロックマンからもらったのは、透かし模様が美しい金の栞だった。
刻まれた花はキュピレット。
上部に控えめに飾られた小粒の赤の石が目の前の男の瞳と重なって、ついそっと指先で撫でてしまった。
「キュピレットを気に入ってくれてるみたいだから。永長保存の魔法は効かないから、枯れない花をと思ったんだ」
二年続けて渡されたキュピレットを押し花にして栞にしていたが、鮮やかな色はどうしても消えてしまうし、一年ほどでダメになってしまうので、いつか枯れて手元に残らないのではないかと、そう思っていた。
けれどもこれは、枯れることがない。
ずっと傍にあるものだ。
「……ありがとう」
「うん」
こそばゆくて、でもちゃんとお礼を言わなくちゃと視線を向けると、蕩けそうなほどやわらかな眼差しに、バクリと大きく鼓動が跳ねた。
悪化するばかりの心不全。これは本格的に病院に行かなければならないだろうか。
「来年はあんたが喜ぶ物を絶対見つけてみせるから」
「うん」
また今年も負けだと闘志を燃やすも、何故かロックマンは幸せそうに笑っていて。
それが自然と交わされた未来の約束からだと気づかずに、むず痒さに眉を寄せる。
いつでも君と共に。
そんな願いを託したロックマンの贈り物を上回る、来年もその先の未来も共にいることを前提とした言葉が、どれ程の喜びを与えていたか気づくことはなかった。
【贈り物アンソロ寄稿作品】