言葉よりも雄弁な

ロクナナ3

彼女のことだから言葉以上の他意はないのだろう。
そう分かっていてもため息がこぼれるのは当然だろう。
そうだろうとは思っていたが、やはり好きだと言われて僕も好きだと返しただけでは、彼女の中で恋人認識はされないらしい。
だからこそ「誰かと口付けをする予定はありますか」なんて聞けるのだ。
普通ならば恋人が口付けをねだっているのだと、そう取れる発言も彼女に限っては当てはまらない。

「ねえ」
「な、なに?」
「その予定、立ててもいいの?」
「や、やだ!」

本当に僕が彼女以外と口付けすると、そんなことがあってもいいのか。
ほんの僅かな苛立ちをのせて問うと、予想外の彼女の反応に驚く。
彼女も自分の言葉に驚いたのか、慌てて口を手のひらで覆うのを見て、さざ波だっていた胸の中がすうっと凪いだ。

「へえ、嫌なんだ?」
「嫌なんて言って……っ」
「ならいいの?」
「……やだ」

からかいを口にすれば、反射で食ってかかるのはいつものことで、けれども問いを重ねればきゅっと唇を噛んで下を向いてしまう。
可愛いなんてもんじゃない。
荒れ狂うこの胸の内をさらけ出してしまえば、彼女をもう逃がせない。
白い肌を暴いて、かじりついてすべてを自分のものにしてしまう。
そう望む思いが僕にあることを、彼女は考えもしないだろう。
だから今、僕が返せるのは「ありません」なんて真面目な言葉だけ。
あると答えて予定を既定に変えてしまったらと思わなくもないけど、君が望んで、僕も悪くないと、そう思えているうちはこのままでいようと思っていた。
だから僕の答えにほっと胸を撫で下ろす君に、今は満足する。
口付けの予定を聞いてきた君の表情。
それが僕への想いの答えだと思ったから。

20201126
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