三年生ハロウィン

ロクナナ29

「あなたは何の仮装をなさいますの?」

 ハロウィンに向けて皆がそわそわ落ち着かない様子を横目で見ていたら、近寄ってきたマリスから問われて首を振る。

「しないよ。面倒くさいし」
「まあ! またあなたはそんなことを言って!」

 協調性がないやらずぼらだなどと文句を言われるが、そもそも仮装なんて子どもの頃にお菓子目当てにやるもので、どうして学校に来てまでやる必要があるのかと思うし、彼女たちにしても普段の煌びやかなドレスで十分じゃないかと思うがあえなく却下される。

「庶民のために衣装も用意されているのだから参加なさいな」
「ええ~……」

 レクリエーションとして学生生活を楽しませようという意図らしいが、正直余計なお世話だ。
 ニケやベンジャミンは楽しんで衣装を選びにいったが、着たいと思わなかった。配られたお菓子をもらうだけで十分だ。

「マリスは魔女?」
「ええ。頚を晒す必要がありましたから」
「なんで頚?」

 ほんのり頬を染めての回答に疑問を口にしかけて、前方で上がった黄色い悲鳴に遮られた。
 よく耳にするそれに自然と眉が寄る。

「アルウェス様! 何てお似合いなの!」
「ありがとう。君達はいつも魅力的だけど、今日は特に素敵だね。血を吸いたくなるぐらいに」
「ああっ、どうぞお吸いになって!」

 毎度の甘い囁きに、女子の悲鳴がさらに一段階甲高くなる。
 どうやらロックマンは吸血鬼に扮しているらしい。
 なるほど、それで魔女が多いのかと、マリスを含め貴族女子の装いの謎が解けるがどうでもいい。
 全くなぜあいつがそんなにいいのか。
 忌々しく見つめていると目が合って、フッと鼻で笑われた。
 それが腹立たしくて、何で仮装した程度で馬鹿にされなきゃいけないんだと憤慨してると、着替えたニケたちがやってきた。

「ナナリー、あなたやっぱり着替えなかったの?」
「必要ないし」
「昨年もそんなこと言って、シーツ被って済ませてたじゃない」

 一年時はそういうものかと仮装してみたが、あまり意義を見いだせなかったので、二年時はわざわざ衣装を借りてまでと思い、ベッドからシーツを引っ張って被り、お化けで簡単に済ませたのだった。
 今年こそはもう参加しなくていいだろうと思ったのにダメらしい。
 ズリズリ引きずられて、差し出された衣装にブンブンと激しく首を振る。

「保健室で包帯借りてくるから!」
「シーツのお化けの次は、包帯でミイラにでもなるおつもり? ペチャパイなんだからせめてもう少し女らしいものになさい!」
「ペチャパイ言うな! これは露出ありすぎでしょ!」

 そもそも何で学生にこんな衣装を用意したのか、先生たちを問いただしたい。

「露出なんてたいしたことないじゃない」
「ならベンジャミンが着なよ!」
「嫌よ。ナルくんに合わせたんだから!」

 どうやらサタナースは狼男らしい。
 ケモ耳に尻尾は確かに愛らしいが、どうせならまだそっちの方がいい。

「ほら、タイツを履けばそれほど気にならないじゃない?」

 色も黒だしと言われればそうだが、何でこの衣装なんだ。もっと大人しいものはないのか。

「他はもうみんなが着ていっちゃったの」
「く……っ」
「面倒がってすぐ来ないナナリーが悪いのよ。ほら、諦めて脱ぐ!」
「いやだぁ!」

 抵抗するも三人がかりでは叶わず、あれよあれよと仮装させられる。

「う~ん、ちょっと色気が足りないけどいいんじゃない?」
「なら着せるな!」

 心もとない胸元に、尖った尻尾がついた短いスカート。黒だからと思ったタイツは編みタイツだった。

「普段がやぼったいぐらいなのだから、たまにはいいんじゃない?」

 悪口しかない。全くもって着甲斐がない。

「やっぱり脱ぐーー」
「おーい着替えたかー?」
「入室の許可を得てから開けなさいよ!」

 ノックもそこそこにドアを開けるサタナースに、置いてあったスティックを投げつける。

「着替え途中だったらどうするのよ!」
「おーおー見事に色気のねえサキュバスだな」
「うっさい!」

 もう一度スティックで殴れば、ベンジャミンに怒られて、ほら行くわよとニケに手を引かれて教室へ行くと、またもロックマンと目が合う。
 こちらからそらすのは負けたようで悔しくて睨み続けると、またも鼻で笑われムッとくる。

「ナナリーはサキュバスか」
「王子は……吸血鬼、ですか?」
「ああ。ほとんど代わり映えがないがな」

 確かに普段から軍服のようなきちんとした格好のため、マントをつけただけの印象だった。

「それにしてもそのような衣装を選ぶとは珍しいな」
「不可抗力です」

 そう、不本意なのだ、着たいなどと思ってないと強調するも笑われて、はぁと肩を落とした。

「まあ、気にするな。イメチェン、と言ったか? 面白い」

 ちっとも褒められてはいないが、王子なりの励ましなのだろう。
 しかしその空気を壊すのがロックマンなわけで。

「王子、そんな気を遣わずにはっきり色気が足りないと言っていいんですよ」
「うるさい黙れ馬鹿炎」
「相変わらず口が悪い」
「あんたに言われたくないわ!」

 いつの間に近寄ってきたのか、肩に置かれていた王子の手を取ると、見下すような視線にゴングが鳴る。

「また始まった」
「この二人はどんな格好をしても変わらないわね」

 やれやれと呆れるニケとベンジャミンに、魔法を仕掛けようとしたところでパッと手を掴まれる。

「何すんのよ!」
「ここで使うなんて本当に馬鹿だね」
「はあ? いつものことでしょ!」
「ああ、いつも馬鹿なのか」
「馬鹿馬鹿うるさい! 馬鹿って言う方が馬鹿なのよ!」
「本当に騒々しいな。せっかくみんな楽しんでるんだから、水を差すのは止めなよね」

 それを言われると反論できず、ぐぬぬと怒りを抑えると掴まれた手を払いのける。

「ああ、胸が足りなくて弛んでるのがみっともないから着替えたら?」
「余計なお世話だセクハラ男!」

 言われるまでもない、こんな衣装なんてと来た道を引き返す。
 フリフリと揺れる尻尾と短いスカートの裾に、ロックマンが嘆息していたのには気がつかなかった。

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