ドレス

ロクナナ27

ひらりと足元で柔らかな布が翻る。
今はもう慣れてしまったが、当初は身分不相応さに落ち着かず、汚したらどうしようとか破いたら弁償だとか、とにかく落ち着かず早く脱ぎたいとそればかり思っていた。
視界に入る金色の刺繍。
控えめに、けれども光に当たると鮮明に浮かぶその色の持つ意味をマリスから教えられた時は、恥ずかしさに会場から走り去ろうとしてずいぶん怒られたものだった。
相手の瞳や髪の色を纏う意味など知るはずもなく、ただ身につけさせられる宝石の色彩にアルウェスを思い浮かべることが面映ゆく、意識を殊更向けないようにしてはいた。
反対に彼が澄んだ翠や水色をタイやピンなどに使うことは、その色が好きなのかぐらいにしか考えず、互いに互いの色彩を纏っていたことを知って、恥ずかしげもなくこうしたことをする貴族とはと頭を抱えたものだった。
まあ、紅のドレスをこれみよがしに着せられるよりはましだろうか。
綺麗だとは思うが、あの色はマリスのような女性の方がよほど似合うものだ。
私ではない感が半端ないことはアルウェスも分かってくれているのだろう。
今まで強要されることはなかった。
もっとも彼に何かを強要されるということはまずないが(される時は身の危険を回避するためなどはっきりと理由が説明されるので、文句は言うが受け入れている)

今日も白に金色の刺繍。
それでも毎回デザインは異なり、同じものということはないのだから本当にすごいと思う。
白はハーレの制服で馴染みがあるし好きだ。
だからそこに控えめに金色が混じっても気にしない。気にしないと決めた。
普段は下ろしている髪も編み込まれ、綺麗に結い上げられている。
首から肩の線も綺麗に魅せるのだと、マリスに口酸っぱく言われてからは毎度結われることにも慣れた。
初めは肩を出しすぎではないかと眉をしかめたアルウェスも、ノルウェラ様やマリスには敵わないらしい。
その代わりにと紅のネックレスをつけさせられるようになった。
支度が終わって立ち上がり、ドレスの裾を直してもらって不備がないことを確認したところでドアがノックされ、アルウェスが姿を見せた。
彼の胸元には翠の留め具。
カフスにお相手の色彩を取り入れる人だっているのに、彼はいつだって誰の目にも入る箇所にそれを持ってくるのだ。
それを見るたびに緩みそうになる口元を意識して引き締める。
断じて私は照れてはいない。大丈夫だ。
差し出された手にそっと指を添える。
昔ならガシッと掴んだところだが、エスコートとはそういうものではないのだ。
柔らかな微笑みに、ふと卒業パーティーを思い出す。

『美しき氷の魔女よ、私と踊っていただけますか』

ずっと喧嘩ばかりだった彼からの誘いに、思わず後ずさったあの時。
けれども今は違う。
私は彼と生きると決めた。
だから今もこうしてドレスを身に纏ってアルウェスの手を取る。
一歩進むたびにひらりと広がるドレス。
身分不相応なんて知ったことない。
私が彼を望んだ。
アルウェスが私を望んだ。
それが全てなのだから。

「綺麗だね」
「そうね。今回もすごく素敵なデザインよね」
「うん、君は変わらないね」

ドレスを褒められたのだと同意したが、呆れたようにため息を返されムッとする。

「母さま、父さまは母さまを綺麗だって言ってるのよ」
「リリーは賢いね」
「母さまが鈍いのよ」

愛娘の容赦ない言葉に眉が下がる。
まるでベンジャミン達に言われてるようだ。確実に友人達の影響だろう、そうに違いない。
落ちそうな気持ちを何とか立て直してアルウェスに視線を向けて。

「……ありがとう」
「うん」

小さい呟きはちゃんと拾われて、大好きな木漏れ日の微笑みに頬が赤らむ。

「いい子で留守番していてね」
「は~い」
「フェゼル頼んだよ」
「お任せ下さい」

まだ社交場には連れ歩けないリリーの頭を撫でたアルウェスに手を引かれて歩く。
そんな両親を見送ったリリーが「いつだって母さまは綺麗だっていつも父さま言ってるのにね」と使用人達と話しているのに、アルウェスがそっと笑ったことには気づかなかった。

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