恋愛狂想曲

ロクナナ25

――エッチの予定はありますか。
さすがにこれを口づけの時のように聞くことは出来なかった。それぐらいの分別は持ち合わせている。気軽に異性に聞いていいものではない、はずだ。
しかし男には堪えられない衝動があり、それは当然のものらしい。
そう話すキャンベルに何故知っているのか問いただしたかったが、聞かされた話のあまりの衝撃に声が出なかった。

好きと伝えて僕も、と答えられて。
しかし、現在のロックマンとの関係を言えば、ただのメシ友だ。
そう、あれはデートではない。
あくまで勝負。
だから恋人なんかじゃないから、口づけなんてしないし、エッチなんてもう未知の世界だ。ありえない。
しかしそれならその堪えられないという衝動をロックマンはどうしているのか。

「そんなのもてるから、いくらでも相手なんているじゃない」

そういうお店だってあるし、と容赦のないキャンベルに、他の女と一緒にいるロックマンを想像して、それは嫌だと思ってしまった。
ロックマンが触れるのも、触れられるのも嫌だと。

「だったらナナリーが相手してあげな……」
「まあぁぁ破廉恥な! まずは婚約が先ですわ! 貴族では婚姻より先に関係を持つことはふしだらと忌避されるものです。侯爵家に嫁ぐからには手順というものが……」

マリスが顔を赤くしながら貴族の結婚について説明してくれるが、あまりの衝撃にまったく言葉が頭に入ってこない。

「相手……いくらでも……ロックマンも男……」
「ああもう、キャンベルは余計なことを言い過ぎ! この子にはまだまだ早すぎるでしょ」
「だってこのままじゃ十年たっても変わらないんじゃない? それじゃいくらなんでもロックマンが可哀想じゃない」
「そういうキャンベルだって経験ないでしょうが」

呆れたように諌めるベンジャミンに、悪びれないキャンベル。
だが可哀想という言葉に、そんなにもそれは重要なのかと、新たな衝撃を受けた。
何とかベンジャミンの家から帰って、本棚の恋愛小説を取るも、男女のそうした描写はない。まだまだ勉強不足なら知識をと思うも、そんな本を買える気はせず頭を抱える。

「そもそもそうしたことって恋人がすることだよね……まずはメシ友から昇格しなきゃ」

だが好きだと伝えて、これからさらに何をするというのか?
そもそも恋人になることを望んで伝えたわけではないのだから、私とロックマンには不要なのではと考えて、他の女性と恋人になったアイツを想像して胸の痛みに悶える。
なんだこれは、体を壊したのだろうか?
昼間、ベンジャミンの家でお菓子を食べ過ぎたからだろうか?
だが胃の辺りではないしと首を傾げるも、ふとロックマンのことを思い出すと胸がムズムズする。
なんだこれは? 一体どうしてしまったというのか?
結局一晩中、謎の胸焼け(?)はおさまらず、重い目蓋をこじ開けて出勤したのだが。

「ーーーーねえ」

かけられた声に顔を上げると、眉間を狭めた視線を受ける。

「何その顔。また魔法書を遅くまで読んでたの?」
「ち、が……っ」
「なら何、その隈」

畳み掛ける問いに、けれども必死に顔を反らす。
どうして会いたくない時ほど顔を合わせることになるのか。
なんだこの遭遇率は。
やはりお祓いをもう一度してもらうべきかと考えるも、全く効果がなかった前回を思えば、あの出費は懐に痛すぎる。
けれどもまた謎の胸焼けがしてきて、朝もスープだけにしたというのに、そんなにも昨日お菓子を食べすぎたのだろうかと、思わず眉を寄せてしまう。

「具合が悪いの?」
「全然」
「全く大丈夫そうに見えないんだけど」
「あんたの気のせいよ」
「ならその胸に当てた手は?」
「こ、れはその……あれよ」
「何?」

どこまでも食い下がってくるロックマンに、次第にイライラが募ってくる。
なんだ、何なんだ。
私が体調を崩そうがヤツには何も関係ないだろう。
そもそもこの謎の胸焼けの正体は自分にだってわからないのだから、答えようがないのだ。
ムズムズ、時々ズキリ。

「ーー心疾患?」

ふと、昔読んだ本で思い出したことが口をつく。
ただ心筋梗塞なら長く痛みが続くから、ありうるとしたら狭心症か?
導きだした知識に意識が向いていると、ぐいっと手を引かれて、顔を上げると表情を険しくさせたロックマンに驚く。

「すみません、ヘルを早退させてもいいでしょうか」
「何、どうかした?」
「体調が悪いようなので、念のため病院に連れていこうかと」
「そうだったの? もう、それなら我慢しないで言わなくちゃ」
「いえ、そんな病院に行くほどでは……」
「所長に言っておくわ。付き添いお願いしますね」

最後の言葉はロックマンに言ったようで、ほらほらとゾゾさんに背を押されて控え室に戻らされると、荷物を手に裏口から追い出される。
そこにはしっかりロックマンがいて、よろしくね~と手を振るゾゾさんに早退の必要はないと言う間もなく引きずられていく。

「ちょっと、手!離しなさいよ!」
「何で」
「何でって、少し寝不足なだけで病院なんて必要ないし!」
「心疾患の疑いがあるんでしょ」
「な、んであんたがーー」
「いつから」
「いつからって……昨日?」
「なら早い方がいい」

またもや質問攻めに、離されない手。
見上げた顔に浮かぶのは真剣な眼差しで、ドクリとまた鼓動が跳ねる。
まただ。
どうしてロックマンのことを考えると、こうも動悸がするのか。
やはりヤツが言うように何か病気なのだろうか。
しかし魔法学校に入ってから今まで風邪ひとつ引いたこともなかったのにどうしてなんだろう。

「身体がつらい?」

胸に手を当てて眉を潜めると、足を止めて覗き込まれて、動悸が激しくなる。

「顔も赤いよね」
「……っ」

近づく距離に連動するように鼓動は暴れて。
離れたいのに、しっかり握られた手のせいで逃げられなくて、抗議に見上げて目に入ったヤツの唇に、バクリと一際大きく鼓動が鳴る。
キスする予定は以前ないと聞いた。
ならエッチの予定もないのでは?
でもでも、男にとって堪えられない衝動なら?

「あああぁぁ~!!」

フシュウ~と頭から湯気が上がって、オーバーヒートに目が回る。
珍しく慌てたロックマンに、たまたま通りがかったベンジャミンが、昨日のキャンベルとの詳しい会話内容は隠しつつも説明してくれたことで、私の心疾患疑惑ははらわれかけるも、念のためと病院に連れていかれ。
恋煩いに病名などつくはずもなく、メシ友を脱却しなければと、互いに妙な使命感を持つのはまた後の話。

20221220
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