秘めた祈り

ロクナナ23

それはゼノンから聞かされたものだった。
オルキニスの女王が若さに執着して、氷の魔女を集めて異様な行動を行っているらしいと。
竜の生き血を飲んだり、海に住む人魚をどこからか捕まえて食べたり……確かに人魚は不老長寿で歳は取らず、永遠に美しい姿のままだと思われていたことがあったが、実際は違うと今では分かっている話のはずだった。
それに何故そこに氷の魔女が必要なのか。

「まだオルキニス国内のみの動きだが、王国内の氷の魔女の把握をすることになったそうだ。噂の詳しい調査も引き続き行っていくらしい」
「そうですか……」

氷の魔女と聞いて浮かぶのは、水色の強気な顔。
先日、卒業以来久方ぶりに会った彼女は、念願のハーレに就職しても奢ることなく相変わらずだった。

その後、オルキニスが国外からも侍女を募集するチラシが届き、一気に警戒が高まった。
調べるとすでに国内から三人オルキニスに氷の魔女が渡っており、記憶探査では自分の意思での行動だと分かったが、同時期とあって魔法で操られていた可能性も捨てられない。
女王の侍女であるにもかかわらず、貴族でなくとも構わないなど通常あり得ないし、ここでも氷の魔女に限定しているのがあまりに異質だった。
ただ確証がないため外官を通った正規なものにむやみに制限をかけるわけにもいかないので、個人的に希望すればそれを阻止するわけにもいかない。

「まさか給金に釣られることもないと思うけど……」

あれほどハーレで働くことを望んでいたのだ。
彼女の性格上安易な転職は考えられないが、あまりにも雇用条件がよすぎるために、様子は見ておこうと意識に留める。

そんな時にハーレから魔物の情報が寄せられた。
森で行方不明になっていた男性の事前調査で判明したというこの件に、昼会でヘルに再会した時のことを思い出す。
魔物、と口を滑らせた彼女。
きっとこれはあの時ヘルが担当したものなのだろう。
第一と第八での調査が決まりハーレに赴くと、こちらを見ていた彼女と目があった。
ムッと眉の間が狭まっているところを見るに、また勝手に先に目をそらしたら負けだとか考えているのだろう。
変わらぬ様子に嘆息しながら調査の前に食事を取っていると、団長とハーレの所長と彼女の話が聞こえてきた。
例のオルキニスの氷の魔女募集の話らしい。
そこで彼女が思いがけないことを言い返した。

「行きませんよ。乙女でもありませんし」

一瞬にして周りの音が消えた。
彼女が魔法学園を卒業して半年。
その間にまさか……真っ白な布にインクを落としたように染まる思考に、気づけば立ち上がって彼女に詰め寄っていた。
「いつ」「誰と」と矢継ぎ早に問うと、しどろもどろな返答に苛立つ。
だが彼女の怯えているだけでない妙な反応に違和感を覚えた。

「あんた乙女になりたいの!?」

そんなわけあるはずもない。
そもそも男に乙女もないと、次第に頭が冷えて、ああと納得した。違う、と。

ようやく内部調査の結果が届けられると、オルキニスの案件は噂以上に猟奇的なもので、ただちに氷の魔女の出国禁止が決まった。
氷の乙女。条件に当てはまる彼女をソレーユの地で見かけた時、秘密裏に守護魔法をかけることにした。
魔力に敏感なために慎重に、気付かれないように行う。
魔法をかけてる間、顔を好きなように弄られた仕返しはもちろんした。

それから数日後、ヘルにかけた魔法に反応があった。
伝わってきた相手の特徴に、傍にいた部下に団長への言付けを頼むと現場へ向かう。
七色外套で姿を消して相手の様子を伺うと、「魔法が弾かれた」「氷の魔女は連れていかなければ」と聞こえてきた会話は不穏なもので、魔法を解いて姿を見せる。

「へえ……その話、もっと聞かせてくれる?」
「な……騎士!? いつの間に……っ」
「君達はどこのものかな。ーーオルキニス?」

名を出した瞬間、高まった殺気に確信が深まる。
逃がすわけにはいかない。



「アルウェス、間者は……!」
「捕らえました。僕は安全を確認してから戻ります」
「狙われたのは彼女か」
「はい」
「やれやれ……テオドラにどやされるな」

身柄を回収して飛び立つ天馬を見送ってからヘルの後を追って見るも、他に間者はなく彼女も襲われたことには気づいていないようだった。
後日ハーレに行くと、またも人の顔を見て眉間に皺を寄せて嫌そうにする彼女に近寄って確認する。

「ねえ、あれから誰かに魔法型を聞かれたりした?」
「は? 別にないわよ」
「そう。ならこれからも聞かれても言わないように」
「ふん」
「分かった?」
「なんでアンタの言うことを聞かなきゃいけないわけ」
「『お願い』聞いてくれるんだったよね?」
「いっだだだだ! わ、分かったから手を離して!」

前と同じく顔面を鷲掴んで言い聞かせると、バンバン腕を殴り返しながらも痛みに負けてヘルが頷く。
実力行使しなければお願いすら出来ないことに嘆息して、守護魔法を再度念入りにかけると、他の職員に頼んで資料を受け取る。
ヘルが襲われた付近に受けた依頼の中で、氷の力を必要とするものは一枚。
依頼人を装って魔法型の確認をしたのだろう。

「何か不審な点でも?」
「いや、うちでも関わっているものがあるかと思ったけど違ったみたいだ」

笑顔でごまかし、資料を返す。
間者の情報から、すでに王国内に複数侵入していることがわかった。
しかもかなり高度な変身魔法を使える者もいるらしく、氷の魔女の保護はより慎重に行うことになった。
第一小隊が分担して守護魔法をかけ、本人には注意喚起に留める。
いつまでと期限を定められない以上、むやみに拘束も不可能なため、彼女らの居場所は常に把握し、巡回でも注視すると共に、ハーレの所長にも情報を共有した。
直属の上司の指示なら彼女も素直に要請に従うだろうし、ハーレ全体で気にかけてもらう必要もあった。

捕らえた間者の尋問で分かったのは、氷の魔女を集めることを目的に、すでに他国からも拐っていたということ。
ヘルが氷型だと知った者は捕らえたが、まだ他にも間者はおり、城内にも潜んでいるらしいが変身魔法で誰に化けているのか分からない。

「囮?」
「ああ。真の囀りさえねじ曲げるなら、拐おうとした現場を押さえるしかないだろう」

確かに外見だけでなく記憶や仕草、魔法型まで完全に偽装されたら、見つけるのは容易ではないが。

「誰を餌にするんです?」
「すでに何度か食いつかれてるだろう?」

話を聞いた瞬間浮かんだ人物に、わずかに眉が歪むのを堪え団長を見る。

「ハーレの所長さんに怒られますよ」
「アルウェス頼むぞ」
「はぁ……彼女は手強いですよ。守護魔法も解除しようとしてるぐらいですから」
「それはまずいな。操られたら困る」

今のところハーレの職員に成りすました者はいなかったが、それも時間の問題だろう。
ヘルが氷型だと情報を共有されればまた狙われる。
分かっているだけでもすでに二度狙われたのだから。
オルキニスの氷の魔女への執着は異常だ。
それこそ大陸中すべて集めるまでやめる気がないのではと疑うほどだった。

「城内に潜入されているなら、今度の晩餐会がいいんじゃないですか?」
「なるほど……ぬけぬけと城内にまで潜入しているやつだ。彼女が氷の魔女だと分かれば手を出す可能性が高いな。だがどうやって連れていく?」
「すでにキャロマインズ侯爵令嬢が彼女を晩餐会に招待しています」
「それはちょうどいい」

そんなつもりでマリスはヘルを誘ったわけではないが、このままではいたちごっこも否めない。
オルキニスをどうにかしない限りは氷の魔女の安全が確保出来ず、排除するしかないのだから。

「混沌の呪文で彼女の意識を奪い、僕が変身魔法で囮になるので、間者が接触したら後を追って下さい。中に入り次第、防御を破壊します」

外部からの潜入が難しい今、内部から引き込むしかない。
それには囮が有効であるが、彼女を危険に晒す気はなかった。
囮作戦の詳細を練って、即座に他国とも連携する。
これは時間勝負であり、素早い行動が必須だった。

晩餐会までの数日、通常の見廻り以外にも彼女を密かに見守るが、何度と声をかけられる姿に彼女の迂闊さが際立つ。
警戒心が強いのは自分にだけらしい。

「まったく……人の気も知らないで」

幸いオルキニス絡みではないものの、とにかくよく声をかけられる。
ハーレの受付嬢とはいっても、これ程覚えられるものだろうかと思えば、やはり彼女だからなのだろう。
特に男からの頻度が多く、愛想よく振る舞うのは客だと思ってだろうが、ナンパもわからないとは自分が妙齢の女性だという自覚はないらしい。
個人的な見守りは、表立って姿を見せると彼女も周りも騒がしくなるので、誰にも気づかれないように七色外套をかけて辺りを見渡す。
高度な変身魔法を使うとあっては、彼女の知り合いでさえ油断ならないのだから。


眠らせたヘルを見つめて、首飾りを手に取る。
中には晩餐会で話していた通り、キュピレットの花があった。
どうやらヤックリンには渡さなかったらしい。

「もう少し、可愛い寝言をしたらどうなの?」

息を吹きかけ、力を預ける。
万が一にも囮であることを見破られて、ヘル自身が狙われないとも限らない。
その時に守れるようにと、半分の魔力を込めた。
彼女は渡さない。
害されるなどあってはならない。
ドレスを脱がせて七色外套の魔法をかけると、続き部屋からヘルを連れ出してもらい、自分に変身魔法をかけた。
そうして寝台に横たわると、その時を待った。
人目を忍んで来た人影は予想通りの人物で、意識がないふりをしたまま連れ去られた。
周到に拐う用意がなされているのが腹立たしく、オルキニス城内に入った瞬間、即座に防御を破壊した。
突入してきた自国の騎士と、シーラ、ヴェスタヌの騎士達が続々制圧しながら奥を目指す。
対峙した女王は強く、左腕の肘から下が失われた。

「アルウェス!」

かけられた声に、けれども構わずに魔法を放つ。
ここで元凶を断たねば、彼女が望むままでいられないのだ。
何とかねじ伏せ、拘束する。
王太子が事情を問うも、女王は意味不明なことしか言わず、結局始めの取り決め通りに息子の手によって処断することで、オルキニスの女王がもたらした事件は幕を閉じた。
その後側近を問いつめても、女王の命令だったと詳細は分からなかったらしい。
ただ目下の危険は払われ、彼女には日常が戻った。
健やかにーーその願いは変わらない。

20220423
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