この心を乙女は知らない

ロクナナ22

今日は本当にイライラさせられた。
彼女の勘違いに動揺させられ、子どもの時以来のペストクライブを起こしてしまった。
その後も何度も簡単に男を近くに寄らせていたりと、前から迂闊で危機管理が出来ていないことはわかっていたが、こうも立て続けにあまりに無防備すぎる。
特に先程のハーレの同僚男性に対しての、素直に甘えた態度は今までに見たことがなく、込み上げる感情についその腕を引いていた。
ユーリに乗せて抱えても、僕にはあんなふうに寄りかかったりはしない。
しかも乙女だったと訂正までしてきて、それを伝える意味と影響を考えもしないのだ。
食べると聞いて食べ物のことしか浮かばない君と違って、僕は正しく答えたというのに1ミリも伝わりはしない。
本当に彼女を食べてしまったら、きっと壊してしまうだろう。
怖がられても泣いても嫌がられても、きっとどこまでも貪って食べ尽くしてしまうだろうから。

だから身の内に沸き上がる劣情を理性で押さえつけて、酔って危うい身体をしっかり抱き寄せて寮を目指した。
寮母の女性に事情を説明すると快く合鍵で中に入れてくれて、お礼を伝えすっかり寝落ちてしまった彼女を抱えて部屋へ立ち入る。
綺麗に片づけられ、物は多くはない。
目につくのがアクセサリーなどではなく、本だというのが彼女らしかった。
広くない部屋の奥にあるベッドに歩み寄ると、そっと横たわらせる。
下ろしても全く目を覚まさない彼女に、苛立ちが膨れ上がった。

「本当に君は迂闊すぎる」

どうして男の前でそんなにも無防備な姿を晒すのか。
あの場に僕がいなかったら、君は誰にその身を委ねたのか。
その誰かが、部屋にただ送るだなんて保証はどこにもないというのに。
君を狙っていたドログフィアが酔い潰れていなければ、どれほど危険だったか全く考えもしないのだろう。

魔法学校にいた頃も、鈍感で異性の好意に全く気づく様子もなかった。
それは成人した今も変わらず、ハーレでも何度と口説かれてるのを目撃しているし、休日も度々声をかけられていた。
どす黒く平がる不快さに、ふと視界に白いドレスが目に入る。
父に連れられやってきた仮面舞踏会で、彼女が纏っていたそのドレスを返そうと、先程執拗に纏わりついて来たのだ。
そのドレスにふと思いついて、机の上に置かれていた白紙とペンを借り手にとると、さらさらと一言綴る。
それをドレスに差し込んで、もう一度彼女を振り返った。
これを明日見つけた時に、どんな反応をするか。
簡単に想像がついて笑むと、少しだけ苛立ちが減った。

「このぐらいの仕返しは当然だよね」

今日苛立たされたものはこのぐらいではとてもチャラには出来ないが、ほんの少しの意趣返しはさせてもらった。
部屋の外で待つ寮母の女性にもう一度礼を伝えて寮を後にする。
肩に乗っていたユーリを元の大きさに戻して、乗ろうと指を伸ばした瞬間に、昼間触れた彼女の柔らかな唇の感触を思い出した。
はぁ、と深く息を吐いてユーリに乗る。
身に燻る熱を冷ますには、ドルモットの店は最適だった。

20220412
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