憧憬

ロクナナ20

ーーやっぱり君だった。 目が覚めたときに誰かを腕に抱いて寝ていたこと、それが君だったことにとにかく驚いて。
でも髪色の違いが幻の人を思い起こさせて、夢の続きなのかとそう思ったのに、目の前にいるのが君だとわかって、あり得ない状況に一瞬フリーズした。
見回した部屋は、遠い記憶にあるもので、以前酔った彼女を送ってきた時と違う様相に、模様替えしたのかを問えばあからさまに慌てて元に戻す姿に、やっぱりという思いが広がった。

幼い頃に一度だけ会った、騎士団の迷子係のおねえさん。
彼女と居たときは不思議と周囲の物が壊れることもなく、アリスト博士が用意してくれていた物のように、相手の魔力を吸うことが出来るのだろうかと、とても安堵した。
話しても、感情を露にしても、彼女に何の影響もないことが嬉しくて、沢山話をした。
彼女が誰なのか、ここはどこなのか、どうして自分はここにいるのか。
それに彼女が少したどたどしく答えていたのが、今なら理由がわかる。
騎士団に迷子係なんてものはないし、ナイジェリーという女性が所属していたこともない。
いくら探しても行方を掴めないひとに、いつしか幻だったと思うようになった。
それでも諦められなかった、優しく幸せな思い出が、目の前のピースと当てはまる。
見覚えのあるポルカは、食べたらきっとあの時と同じ味がするのだろう。
彼女が素直にくれるとは思えないので試すことは出来なさそうだが。

朝食を食べるかと聞かれたことには驚いた。
言った彼女も後から自分の行動を理解したのか肩を落としていたけど、二度目の手料理はいつも口にしているものより遥かに素朴で質素なものだというのに、とてもあたたかくて懐かしい味だった。
朝も早い時間から彼女と向き合い、彼女の部屋で共に食事を食べる。
今までなら決してあり得なかっただろう光景はあまりにも幸せで、僕の言葉に時折頬を染める姿も、新たに胸の奥に焼きついた。

記憶の中の幻の人と、君が元々持っていた色。
戻すことを忘れた髪色は、幼いあの時から一度も忘れたことのないもので、君と重なることがくすぐったくて笑みがこぼれた。
そんな僕の様子に君は酷く戸惑っていたけど、感情を抑えられるはずもなかった。
会いたくて会いたくてーー抱きしめたくて。
少し前のぬくもりをもう一度感じたいなんて思ってると知れたら、きっと蛇蝎の如く睨まれただろう。

手に入らないひと。
傍に居ることの叶わないひと。
それは変わらないのに、欲して酷く渇く思いは『彼女』に向けたくないもので。
君のぬくもりなんて知りたくなかった。
知ってしまったら余計に渇くのだ。
それは幼い頃とは違う思い。
彼女が『彼女』だったのだとわかって、やはり君は幻なのだと空笑う。
今日も僕はただ空を見て。
伸ばせぬ手をただ握りしめた。

20220410
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