腐れ縁

ロクナナ17

アルウェスは自分に割り振られた部屋に入ると、耳飾りを取って深く息を吐いた。
ここがヘルの故郷とは知らず、まさか休暇中に会うとは思ってもいなかった。
つくづく彼女とは縁があるらしい。
そう言えばきっと盛大に顔をしかめるのだろう。
その姿さえ容易に目に浮かんだ。

しかし、あの男。
横からしゃしゃり出て案内を買って出た村長の息子は、親の肩書きは己のものと同義だと勘違いしたひどく高慢な少年だった。
彼女や周りの反応からも厄介者でしかないのは明らかで、そんなやつに伯爵を案内させるなどもっての他で、早々に彼の父が騒ぎに気づいてくれて助かった。

「本当に何であんなのを引き寄せるのやら……」

ヘルが聞いたら「誰が引き寄せるか!」と激怒しそうだが、他者からの評価に疎い彼女は学校でもそれなりに異性の目を引いていた。
ただしあの男のように道義知らずではないので、実力行使してくるような者などいなかったが。
それに彼女はまるで気づいていないようだが、あの愚かな振る舞いは男の好意の裏返しだ。
だが幼児じみた独占欲とあのアプローチでは、一生ヘルには気づかれないだろう。

そんなふうにここを訪れたばかりの出来事を思い返して、再び深く息を吐く。
今はサタナース達もいるからいいだろうが、休暇を実家で過ごすという彼女に、あの男はこの後も付きまとうだろう。
だが自分が助ける道理はないし、彼女も素直に従うはずもない。

「本当に面倒くさい……」

どうしてこんなに苛立つのか。
理解などしたくないのに、とうに自分の中では理解してしまっていた。
けれども変わることは何もない。
彼女は彼女の望む道を歩き、アルウェスは定められた道を歩む。
学校を卒業すれば表立って関わることはなくなるだろう。
今のように口喧嘩を交わすこともなくなる。
ヘルと未来が交わることはないのだから。

窓の外に目を向けると、また雪が降りだしていた。
今頃はサタナース達と宿題でもやっているのだろうか。
ふとよぎった面々にわずかに胸がうずく。

本当に面倒くさい。
自分はナイジェリー以外を胸の内に住まわせるつもりはなかったのに、気づいたら彼女はそこにいたのだから。

本当は同級生よりも四つも年上なので、成績が一番であることは当たり前だった。
なのにそこに彼女は必死に食らいついてくるものだから、アルウェスはより完璧であらねばならなかった。
正答は当たり前。
それだけでは彼女に追いつかれる。
がむしゃらな彼女に苛立ち、けれども自身の幼い頃を思い返させる魔力の発露に、関わらずにはいられなかった。
暴走に怯え、家族から引き離され過ごした日々。
彼女を通してでさえ、あの日々を思い返したくはなかった。

なのに魔力制御が出来るようになった今の彼女にはもう手助けは不要なのに、顔を合わす度に口論は尽きない。

『喧嘩もしょっちゅうする』

言葉は魔法だ。
遠いあの日にあの人が言ったこと。
彼女はあの人ではないのに、こうして動くのは願掛けのようなものだろうか。
たとえそこに別の何かが混ざっても変わることはない。
視線を落とすとサラリと肩上で髪が揺れる。
胸に巣くう苛立ちを奥深く追いやると、この後の予定をこなすために踵を返した。

20210829
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