ポルカ

ロクナナ16

「え? あんた、料理出来るの?」
「出来るってほどじゃないよ」

いつも私の好きな店ばかりを選ぶから、たまにはロックマンの好きな店をと考えて、ヤツが何を好きか全く知らないことに気がついた。
つい数ヶ月前までは会えば喧嘩ばかりだったのだから当然と言えばそうだが、だがしかしアイツは何故か私の好きなものを知っている。
こんなところでも負けていたのかと項垂れそうになるが、今は情報を仕入れる方が先だと何とか会話を続けると、どうやらポルカが好きらしい。
しかも、それなら作れるというのだから驚いた。
だって普通、貴族は自分で料理なんかしないし、ましてやアイツは実家暮らしだったから余計に料理なんかしないと思っていたからだ。

「でも、どうしても覚えてる味にならないんだ」
「覚えてる味?」

話の一部分に問い返すと、じっと見つめられる。
え、何?
何で見つめられるの?

「君は作れるよね?」
「そりゃあ出来るけど」
「なら一緒に作らない?」
「……は?」

そうして何故か一緒にポルカを作ることになって、約束した日に街で材料を買ってから、寮の自分の部屋に戻る。
材料ぐらい用意しても良かったのだが、ヤツが選ぶところから見たいと言うからだ。
特別なものなんか使ってないし、素材だっていつもおまけしてくれるおじさんの所で買っているありふれたものなのに、頑なに行くというので仕方なしに連れていったら、「お、今日は彼氏と一緒かい?」と妙な誤解をされてしまったので、もう絶対連れていくのはやめようと心に誓った。
何故かヤツの機嫌が良かったのは解せないが。
寮母さんにも事前にヤツが来ることは伝えていたのですんなり中に入れたが、やはり若いっていいわねとニヤニヤされてしまってものすごく恥ずかしかった。
これならヤツの家の方が良かったのではと思うも、あの大きな屋敷のキッチンを自分が使う想像をしたら無理だったから仕方ない。
エプロンをつけて手を洗うと、材料をテーブルに広げる。
さすがにエプロンまでは持っていないだろうと思ったら、使用人に用意してもらったらしい。
このお坊っちゃんめ。

生地をこねて一口サイズに整えると、切ったオレンジを乗せてオーブンに入れる。
その一連の作業を始めは見ていて真似するロックマンに少しだけ優越感を抱いたのは内緒だ。
だってアイツに教えられることはあっても、教えることなんてなかったから。
そうしてしばらくして焼き上がったポルカをおやつにお茶を用意すると、早速口にするヤツを見る。

「うん、この味だ」

ほろりと、やわらかな笑みに不覚にも鼓動が跳ね上がる。
恋って本当に恐ろしい。
笑顔一つでこんなにも動揺させられるのだから。

「そ、そう。それは良かったわね」
「うん」
「でもあんたがそんな庶民的なお菓子を好むなんて思わなかったわよ」
「だって初めて君が作ってくれたものだから」
「え?」

私が作った?
何のことだと聞き返そうとして、ある日の記憶が甦る。
それは赤子であるロックマンの弟がペストクライブを起こし、ヤツが幼い姿になってしまった時のことだ。
何故かピタリとちびロックマンの左手と、私の右手がくっついてしまい離れず、ノルウェラ様に頼まれて仕方なく寮に連れ帰ったことがあった。
その時にお腹が空いたというちびロックマンに作ったのがポルカだった。

「え、あんたまさか覚えてるの!?」
「うん。騎士団の迷子係のおねえさん」
「!?」

まさか、そんなバカな。
そもそも何であの時の記憶があるのか。
ゼノン王子が万が一と言っていたが、本当に過去のロックマンとあのちびロックマンが入れ換わったというのか?
混乱する私の前で、ロックマンは再びポルカを口に運ぶ。

「あの時はオレンジは大きく切ってたよね?」
「あれは、両手が使えなかったから……っ」

ああ、そうかと納得して、ポルカを見つめる視線がやわらかくて、何でそんな目でと戸惑ってしまう。
確かに今日作ったのはスライスしたオレンジを上に乗せているし、形もあの時より整えた。
それがわかると言うことは、つまり確かに記憶があるということだ。

「いつから知って……っ」
「気づいたのはこの部屋で起きて、ポルカを見た時かな」

まさか、あの日のうちにわかっていたとは。
髪色を変化させて、壁紙や家具の配置まで変えていたのに。

「ずっとまた食べたいと思っていたんだ。自分でも作ってみたけど、やっぱり君の味にはならなくて」
「そ、う」

あの時とオレンジの切り方は違うし、形だって不揃いだったはずなのに、なんでそんなに嬉しそうなのか。

「今度こそずっと一緒にいてくれる?」
「い、いいわよ」
「良かった」

好きだとこちらから言った手前、なんで私がなんて返せやしない。
それに、ずっと一緒にという言葉に、そうだといいと一瞬思ってしまったから。

「でも今すぐは無理。仕事だってまだ半人前だし、身分の問題だって」
「それは恩賞で問題ないよ」
「……っ、そういえばあんた、どうしてそんなこと望んだのよ」

それはロックマンの望んだ恩賞を聞いた時から思っていた。
まさかキュローリ宰相のようにと、以前問われた件が頭をよぎると、微笑みが返される。

「秘密」
「はあ?」
「知りたい?」
「別に知りたくないし」

どうしても反射で返してしまう癖に、つい聞きそびれてしまった。
でもまあ、何がなんでも聞きたいことではないと思い直すと、ポルカを口に運ぶ。
食べなれた味。
これをずっと覚えていたのか。

「ヘル?」
「……なんか負けた気がする」
「何それ」

昔、一度だけ食べさせたお菓子の味を覚えていて、慣れない料理までして。
その頃の自分はと言えば、ロックマンに負けてたまるかと常に突っかかっていただけである。
気づいた事実に軽く落ち込むも、ポルカを食べるアイツがあんまりにも幸せそうで。
ドクドクと暴れだした鼓動を一人もて余していた。




【おまけ】
あの時もあれ?って不思議に思ったのだ。
泣き虫で迷子係の、受付のお姉さん。 そう言われた時は驚いたし、どうしてと思った。
けれどもすぐにロックマンの身体が透明の宝石に包まれてしまったからそれどころでなく、その後も今度は私が一ヶ月も眠っていて、さらに勢い余って告白までしてしまってと、あれこれありすぎてすっかり抜け落ちてしまっていた。

「君が忘れてるならまあいいかなと思って」
「いいかなじゃないでしょ!?」

そんなに重要かな、と笑ってるけど普通に考えてありえないじゃない!
過去が入れ換わるってどういうこと!?

「君が箱をくれたからかな」
「箱?」

言われて、そう言えば所長からもらった小箱を泣くちびロックマンを宥めるのに渡していたのを思い出す。

「あんた、まさか持ってるの?」
「もちろん。またナイジェリーに会いたかったから」

素直な言葉に顔が赤らむも、ん?と眉が寄る。

「でももらったあの時は即開けたわよね」
「まあね」

なんだ、それは。
矛盾してないか?
ナイジェリーには会いたくて開けずに持っていたくせに、私には会えなくなっても良かったのかと、もやもやして眉間の隙間がなくなる。

「ふ~ん」

もやもや、もやもや。
胸いっぱいに広がっていくそれに、声が尖るのがわかる。
あの時も別に構わないと思ったけれど、やっぱり腹が立った。

「不満そうだね」
「別に。どうでもいいし」

ちっともどうでもよくないが、認めるのも悔しくて顔を背ける。

「ヘル」
「なに」
「こっちを向いてよ」
「嫌」

もやもやするのが止められなくて、顔なんか向けられない。
そう思っていたらもう一度呼ばれて、渋々視線だけ向ければ、ふわりと微笑まれる。

「ずっと一緒にいてくれるんだよね?」
「あんたが望まないんでしょ?」
「僕は一緒にいたいよ」

だったらなんでと言いかけて、ぐっと言葉を飲んだ。

「ただ箱に願いをかけてたあの頃と違って、今は自分の力で叶えてみせるって決めてるから」

大人さえどうにも出来なかった膨大すぎる力に翻弄され、親元からも離れて暮らしていたというロックマン。
彼がそう言えるのは、それだけ努力したからに他ならず、だからこそこれだけ自信たっぷりに言えるのだろう。

「それに、ヘルも僕を好きになってくれたから」
「……っ」
「だから、君と一緒にいたい」

蒸し返すなと言いたいが恥ずかしくて口に出来ず、ああわかったわよと振り返って。

「私『も』ってどういうことよ」
「そこに引っ掛かるのか」
「私の方が負けてるって言いたいわけ!?」
「だから違うって」

ロックマンの方が先なら、またも私は二番なのか?
いや、そう言えば恋は先に惚れた方が負けと書いてあった気がする。
ならば負けたのはロックマンなのか?
ぐるぐると思考は飛んで、いつの間にか広がっていたもやもやはすっかり消え去っていた。
20210615
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