幸福満ちる

ロクナナ15

「おはよう」
「……っ、おはよう」

目覚めの挨拶をすると、一瞬固まってうっすら頬を染める妻に口許が綻ぶ。
付き合い始めたばかりの頃なら「何するのよ!」と顔を真っ赤にしながらものすごい勢いで飛び退いていたが、今は当たり前として受け入れ、その上でまだ恥じらうのだから愛しさしかない。

「今日はどうしようか。このままゆっくり寝てる?」
「朝はきちんと起きる。使用人の人達だって待ってるし」

新婚夫婦が多少起きるのが遅れても気にはしないというのに、こうした生真面目さが彼女らしく微笑ましい。

「……ちょっと、着替えにいけないんだけど」
「少しだけ。君が傍にいるんだって確かめさせて」

ベッドから起き上がろうとしたナナリーをいち早く後ろから引き寄せる。
こうしていると本当に彼女と結婚したのだと実感して、身体中が幸せに満たされる。

共に在ることを望む気はなかった。
彼女が健やかであればいい。
それがずっと抱く願いだった。
知らせるつもりはない、ただ自分がそう決めただけで、ナナリーが知ることも応える必要もなかった。
なのに彼女は自分を好きになってくれた。
彼女にだけ優しくせず、会えば喧嘩ばかり。
幼い頃など理由はあったにせよ暴力までふるっていたというのに、いつもまっすぐ向き合い、努力を惜しまない彼女は眩くて、こう在れればいいと僕が思う成長を淀みなく遂げていった。
自身の溢れる力を制御出来ずに苦しんだ僕の幼い頃とは違い、他者からあぶれず共に在り、彼女が笑顔を浮かべられることに満足して、五年生の頃にはもう魔法を使いあって発散させる必要がないぐらい制御出来るようになったのを見届けると、自然と実力行使の喧嘩はやめた。
あとはただこの先も彼女が健やかであればいいと、密かに見守ればいい。
なのに目に入れば自然とその姿を捕え、私的なことに口を出してしまう。
ナナリーが乙女でなくとも業務上なら構わなかったと言うのに、ペストクライブを起こしたことにも気づかない程感情が揺れた。
周りの目も忘れて、いつ、誰とと詰め寄ってしまったのは、秘めた思いの発露だった。

いつだってこの心を揺らしたのは彼女だけ。
幼い頃に触れる温かさを教え、学校で常に一番であらなければならない僕を脅かし苛つかせ、他に目を向けようとすればどうしようもなく惹きつけられ、その存在を追わせる。
優先順位を違えてはいけないと、何度と無意識に言い聞かせてーーけれども王の島の祝宴で好きだと言われた瞬間、もう思いは隠せなくなった。

身分の差という壁はなく、何より彼女自身が僕を選んでくれた。
彼女はただ溢れた思いについ口にしてしまっただけかもしれないが、もう抑えることなど出来ないし、するつもりもなかった。
もちろん抑え続けたこの凶暴な思いをぶつけてはいけないと加減して、彼女のペースを考えながら関係を発展させるのは思いのほか楽しかった。

勝ち気な彼女を口車にのせて食事を共にしたり、恥ずかしがる彼女に合わせて文通したり。
そうして時間を重ねて今、彼女と共に在る日々を手にしていた。

「~~もういいでしょ!」
「うん。ありがとう」

ふるふると身体を震わせ、顔だけでなく真っ赤に染めた彼女に腕を緩めると、ササッと離れる温もりに、けれども寂しいとは思わない。
何故なら抱きしめたいと思えば叶えることが出来るのだから。

「そう言えば前に君が興味を持っていた本を取り寄せたんだ。今日届くと思うよ」
「本当!?」

ぐりんと、身体ごと向き直ったナナリーの目の輝きに微笑んで、僕も身を起こす。

「お礼は君からのキスでどう?」

謝意が返る前に出来心で呟くと、続く彼女の反応はどれだろうと想像して笑った。

20210607
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