重ならない想い

ロクナナ11

カーロラを好きかと問われて口にした労働法と貴族法。
もし彼女がその意味を理解しても構わないと思ったが、やはりこちらの意図は伝わらなかったのだと、後日会ったときの反応でわかった。
元々伝える気はなかったし、万が一あの4つの条文から正しい答えを導き出しても、とぼける気だったのだから落ち込むこともなかった。
それに勉強家のヘルが調べなかったはずはないから、やはり彼女には意図を理解できなかったのだろう。

キュローリ宰相と自分を重ねたわけではなかった。
端から見れば同じようだと思われるかもしれないが、アルウェスの行動は幼い頃にナイジェリーが口にしたからなのだから。
彼女が言っていたようになったらもしかしたら……そんな願いはもう諦めたはずなのに、いまだ影響しているのだから、言葉はある種の呪いだと思ってしまう。

彼女が大切な人であることは、あの日からずっと変わらない。
けれどもいつの間にかもう一人、胸の奥に住み着いていた。
叶うはずも、叶えたいとも思わない。
ただ健やかに幸せでいて欲しい。
それが彼女への一番の思いだから。
それでも、時折どうしようもなく胸を焦がすのがもどかしく、ため息のひとつも出る。

「ん~……」

むずがるように腕の中で顔をしかめたヘルが、モゾモゾと動いて居心地の良い場所を探すのを見ながら、彼女の部屋のドアを開ける。
起こさないように魔法でわずかだけ室内を照らすと、奥のベッドへ歩み寄った。

「ほら、ヘル。着いたよ。着替えは自分でやりなよね」
「ん~……」

一声かけるもやはり目を覚ます気配はない。
仕方なくベッドに降ろして靴を脱がせると、体の向きを整えて寝かせる。
こうまでしても起きる気配がなく、あまりの無防備さにため息がこぼれた。

「あんな場でそんな姿を晒すなんて、君はあまりに無防備すぎる」

昔から人目を集めていると言うのに、彼女は自分がどう見られているのか気づこうともしないのだ。
もしあの場に自分がいなければ……そう考えて、ふと同僚男性に抱きとめられていた姿を思い出した。

「本当に君は可愛くない」

自分には突っかかってくるのに、自分以外にならすんなりその言葉を受け入れる。
その事実がじわりと胸を蝕んで顔をしかめると、視界に夜会のドレスが映る。
これを持ち帰らせたくて、ヘルは頑なに自分に絡んでいた。

あの日父が連れ立ってきた女性が気になり目で追うと、群がる人々を一瞥してそそくさと軽食の置かれた場へ行く姿に、自分も皿を手に彼女と同じものを載せて声をかけた。
見たことのない女性だったが、ここは普段と異なる姿の者ばかりだから、彼女も変えている可能性があった。
それでも意思の強い瞳がまっすぐ見返すのが心地よく、今日の姿では逃げられるかと思いつつも話しかけると、驚きながらも拒まれることはなく、会話を繋げた。

アリスト博士に声をかけると、彼女も彼を見知っていたらしく、女性にしては珍しく彼の研究について聞くから余計に興味が引かれた。
面影がちらつくのは、彼女の言動がヘルに似ているからか。
そう考えて、ストンと理由が分かった。
王の宣言で魔法が解除され、見ればやはり目の前の彼女はヘルで、諦めに似た思いが胸に浮かぶ。
どうしたって惹かれるのが彼女なのだと。

「早く誰かのものになればいい」

そうすればこんな思いを抱えることはなくなるのだろう。
ハーレでヘルが乙女ではないと聞いた時の衝動。
ペストクライブなんて魔力が制御できなかった幼い頃以来で、それが自身が引き起こしたものだとわからなかった。
どうしてあそこまで感情が高ぶったのか。
わからない。
分かりたくない。
それ以上追及する意味はなく、ドレスから目をそらすとメモを挟んで部屋を出る。
気づかないで。
でも、もしも気づいたらどうなるのかーー。
片隅に過った思いを思考の奥へと追いやって、宵闇に身を滑らせた。

20210502
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