バレンタイン

ロクナナ10

バレンタイン。それは乙女にとって、とても大事なイベントらしい。
けれども今まで一度もチョコをあげようなどと考えたことはなかったから、そのイベントが自分の身に降りかかろうとはつゆほども思わなかった。ーーニケ達に詰め寄られなければ。

「ナナリーも今年はもちろんあげるんでしょ?」
「え? 何を誰に?」
「あなた、もしかしてバレンタインを忘れてるの?」

信じられないと、先程まで浮かべていたからかいの笑みを消して目を剥かれ、ナナリーはようやくそのイベントを思い出した。
学生の頃、ロックマンが山のようにもらっていたのは知っていた。
卒業後は知らないが、きっと学生の頃以上にもらっていたのかもしれない。
だが今までナナリーがチョコをあげたことはなかったし、これからもあげるつもりなどなかったから、何故そんなにも驚かれるのかわからなかった。

「アイツなら私があげなくても段ボールいっぱいにもらうじゃない」
「そうじゃなくて! あなた、ロックマンのことが好きなんでしょう!?」
「う……ま、まあ」

公開告白したことが本当に悔やまれるが、今さら隠すことも出来ず頷くと、ならどうしてと問われる。
バレンタインは思いを伝える日、らしい。ならばもうロックマンに伝えた私には関係ないだろう、と言えば頭を抱えられた。

「あのね、ナナリー。確かにバレンタインは思いを伝える日だけど、告白だけじゃなくて普段の思いを改めて伝える日でもあるのよ?」

つまり恋人になっても関係あるのだと言われれば、いまだ飯友で恋人未満の自分がのんきに関係ないとあぐらをかいているわけにはいかないのだと自覚した。
せっつかれて菓子店に足を運べば、これでもかと溢れんばかりのチョコの山に、これを自分がロックマンにあげるのかと思うと、どうしようもなく恥ずかしくなった。
確かに告白はしたが、それこそ勢い余ってで今改めて言えと言われてももう無理だ。チョコなんてそれこそ好きだともう一度言うようなもので、でも、しかしと小一時間悩んで帰ってきた。
そして迎えた2月14日。
出来れば会いませんように、という願いが届いたのか、ロックマンがハーレに来ることはなかった。
利用者からは「何か渡すものはない?」など何度か尋ねられたが、仕事の資料かと問うと皆肩を落として去っていった。
あと少し、もう少しで仕事が終わる。
そうして仕事を終えたときには普段以上に疲れてしまって、今日は早く休もうと挨拶すると早々に帰路につく。
それにしても疲れたと、カバンに手をやると中のチョコを手に取る。
装飾も何もない、ただの板チョコを普段ナナリーがカバンに潜めることはない。
散々悩んだ挙げ句、手に取ったのがこの贈る意思が全く見られない板チョコだった。

「もう食べてもいいよね」

普段は買わないチョコをとりあえず買ったが、渡す気などないのだから好きなときに消費してしまえばいい。
食べ歩きは少々行儀が悪いが、人目はないし、何より疲れて甘いものを欲してもいる。
ガサガサと包装を破り、食べようとしたところで、突如腕が引かれた。
そしてそのまま、大きく開いた口に齧られる。

「な……っ」

自分の腕を掴み、チョコを食べたのは、会わないようにと願っていた男。
ここでまさかエンカウントするとはと、さっさと帰宅しなかった自分を悔やむ。

「ちょっと、何勝手に食べてるのよ!」
「目の前にあったから」
「は? あんた、目の前に食べ物があれば勝手に食べるわけ?」
「今日は特別。君のチョコが欲しかったから」

どストレートな欲求を突きつけられて、言葉につまる。
それはつまり、今日ヤツは私からのチョコを待っていたと、そういうことなのか?
ああ、やはりあの恋愛小説のようにチョコを作って渡しに行くべきだったのかと、最近購入した本を思い浮かべるも、やはり今さらどの面下げてチョコなど渡せと言うのか。
散々悪態をついて、ヤツからもやり返されて、そんな関係を十年以上続けてきて、今さらどうやって好きだなんて言えるのかまるでわからなかった。

「こんなところで君が珍しいよね」
「……っ、今日は疲れたから」
「そんなに忙しかったの?」
「忙しくは……ない、けど」

まさか一日ロックマンのことを考えていたなんて言えるはずもなく、半分近く齧られたチョコを見る。

「ねえ、来年も貰える?」
「は?」
「今度はこんなふうにじゃなくて、君からチョコを貰いたい」

それはどういう意味だと、問うほどには鈍くない。片想いだと思っていたのに、思いがけず僕もと返されたのは忘れていなかった。

「……来年はちゃんと作るから」
「うん。楽しみにしてる」

ボソリと告げれば、嬉しそうに微笑まれて、ああ今年もちゃんと作れば良かったと後悔する。

「チョコのお礼に夕飯を一緒に食べない? 向こうの通りに新しい店が出来てて、君が好きそうって思ったんだけど」

新しい店。何とも心くすぐるワードだと興味を示すと手を取られる。

「お疲れの君にはいっぱい甘いものを食べさせてあげるから、これは僕が貰うね」

そう言って大切に板チョコをしまうロックマンに、来年はちゃんとしたチョコを渡そうと心に誓った。

20210214
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