アンシャンテ

ロクナナ

ふと空を見上げて。
空の青さに浮かぶのは、ただひとりの女性。
抱えた想いは一人にだけだった。
思い出の中の鮮やかな茶色。
そこに水色が加わった。
加えるつもりなんてなかったのに、いつの間にか彼女はナイジェリーと同じ場所にいた。
けれどもこの想いは抱えても意味がない。
貴族と平民との身分差。
何より彼女に自分は嫌われている。
叶わない想いは苦しいだけだと、一度手放したはずなのに、何故また自分は抱えたのか。

彼女はもう自分が守るほど弱くはない。
膨大な魔力を制御する術を覚え、助けを求められる仲間たちもいる。
卒業してもう毎日のように顔を合わせることもないというのに、何故か不思議と彼女との縁は途絶えない。
そして、ずっと求めていた思い出の彼女が同じだとわかったとき、さらに想いは膨れあがった。
そのまま彼女にぶつけるには、あまりにも身勝手で野蛮で、なのにもう他の女にあてはめて誤魔化すことも出来ない。
息苦しくて、空に指先を伸ばしかけてーー止める。
彼女を壊していいのかと、理性がそれを押し止める。

「ナナリー!」

彼女を呼ぶ声に、ふわりと空に水色が浮かぶ。
空に溶けそうな、なのに鮮やかに映るその水色に手を伸ばすと、ギャ!っと色気の欠片もない声が耳に入る。

「急に何するのよ!」
「まったく……猫でもそんな色気のない声は出さないよ」
「大きなお世話よ! 髪、離しなさいよ」

ギッと強い光を宿した碧が自分を捉えるのが嬉しいなんて、なんて愚かなんだろう。
それでももう手放せない。
手放さないと、そう決めたのだから。

「仕事が終わったら迎えに行くよ」
「は?」
「君が好きそうな兎鳥の料理が美味しいらしい店を見つけたんだけど、君が行かないなら誰か他の人でも誘おうかな」
「行くわよ!」

間髪入れずにのってきたのは、彼女の好物に釣られてだろう。
わかっていてそれを選んだのだから当然で、ニヤリと笑うと彼女が頬を膨らませてジトリと睨む。

「何よ?」
「いや、じゃあまた」
「……うん」

昔ならもっとしつこく食いついていたなと、そんなことが脳裏に浮かぶも、再び名を呼ぶ声にナナリーが身を翻す。

「ロックマン」
「ん?」
「今日は私が払うから!」

振り返って何を言うのかと思えば、まさかのおごる宣言。
女性を食事に誘ってお金を払わせるなどあるはずもないというのに、こんなところでも負けず嫌いを発揮する彼女に笑みが浮かぶ。

「いいけど君には難しいと思うよ」
「はあ?」

ピクリと、眉をつり上げるのはもはや脊髄反射とも言えるもので、予想通り反論が返ってくる。

「私だって働いてるし、ちゃんと貯めてるんだからね!」
「それじゃ今日は思う存分食べれるね」
「……っ、上等じゃない!」

ウッと一瞬怯んだのを見逃さず微笑めば、勝ち気に返して今度こそ去っていく。
僕がおごらせるなんて、そんなことするはずもないのに、彼女は頑なに施されることをただ許容することを認めないから、今日もどうやって丸め込もうかと考える。
そんなことが嬉しいと、己の単純さに気づいて笑った。

20201121
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