何も言えずに手を取った

原千1

――深い闇に沈んでいく。
『助けて――!』
声にならない声をあげて、恐怖から逃れようと必死にもがく。
だけど、救いの手なんて伸びてはこない。
誰も私を助けてはくれないのだから。

* *

いつものように永倉や平助と島原へと出かけていた原田は、不意に聞こえた声に足を止めた。

「この部屋は……千鶴か?」
苦しげなか細い声。
それが気になって、そっと襖越しに声をかける。

「……千鶴? 具合でも悪いのか?」
小声の問いにしかし返答はなく、もしや一人我慢しているのではと、原田は断りを入れてから襖を開き、部屋へと入った。
千鶴は布団で寝ていた。
具合が悪かったのではないことにホッとするも、苦しげに歪んだ顔に眉を潜めた。

「たす……け……て」
わずかに漏れた声は、救いを求めるもので。
伸ばされた手は、しかし空を掴むと力なく落ち、涙が頬を流れた。

「……戻りたい……」

次いでの呟きに、原田は眉間にしわを寄せた。
彼女の悪夢の理由――それは自分達、新選組だった。
偶然『新撰組隊士』に出くわし、粛清する場面を見てしまった千鶴。
幹部しか知らない新選組の秘密に触れてしまった彼女をそのまま放っておくわけにはいかず、屯所へと連れて来た千鶴が実は探していた蘭方医・雪村鋼道の娘だと分かり、そのまま保護という名のもとに軟禁することになったのである。

「……わりぃな、千鶴」

悪夢を見るほど苦しめてしまっていることを詫びると、涙をそっと指で拭う。
彼女の苦しみの元凶であり、このことを知ってなお開放してやれないことが歯痒くて、空を掴んで落ちた手を握る。

「……せめて夢ぐらいは安心できるように守ってやるよ」

間者ではないことも、口軽く容易に他者に秘密を漏らすような女ではないということも、原田には分かっていた。
きっと、彼女が殺されるような事態にはなりはしないだろう。

「お前は笑ってる方がずっといいんだ」

ある夕餉で見せた少女らしい笑み。
それは本来ならば、彼女が当たり前に毎日浮かべているものだった。
千鶴がいつでも微笑んでいられるように。
夢の中で絶望に囚われてしまわないように。
繋いだ手から伝わるぬくもりが、彼女を悪夢から救い出してくれるようにと。
そう願い、千鶴の手を握り続けた。
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